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月女神の庭で。  作者: 祐多
第零章
2/31

白──2

 




「……はい」


「そうだろうね。貴方は心優しい」




 不意に女性の表情が曇った。――嫌な予感がする。両親と彼の身に何かあったのだろうか。




「気になるだろうが、それは後にしてほしい。大丈夫だ、話は長引かない」




 この女性が大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。普段はこんなにも早く人を信用したりなどできないのだが、何故か彼女は違った。

 絶対的な存在。彼女がたとえ嘘を吐いたとしても、世界がその通りになる――そんな気がする。




「貴方は死んだ。しかし、今、意識がある。それは我が貴方を呼び寄せたからだ」




 理解はできない。しかしその通りなのだろうと感じる。女性が何者であるかなど、もはやどうでもよかった。それどころか、それは聞くことも、考えることですらもおこがましいと感じる。




「貴方は優しい。貴方は慈悲深い。我は貴方を見守り、しかし我の手が届かぬところに貴方はいた」




 柔らかく笑う女性の瞳は、どこか悲しげに見えた。




「貴方は幸せになるべきだ。若くして生涯を終えてよい者ではない。だから、もう一度、やり直してみる気はないか?」




 『やり直す』? それはどういうことなのだろうか。生き返れるということなのか、それとも全く違う存在として再び生を受けれるということなのか。


 その疑問に答えるかのように、女性が再び口を開いた。




「貴方が望むのなら、我の世界に転生させてやろう。争いもあるが、良い世界だ。もし転生するならば、貴方のために力を与えよう」




 ――転生。物語の中でしか聞いたことのない言葉が、女性の柔らかそうな桃色の唇からこぼれ落ちる。彼女が言うことなのだ。本当に転生できるにちがいない。


 少女には心残りなことが多くあった。まだ生きていたかった。

 少女の夢は、広い世界を旅することだった。少女が知るのは、幼い頃に訪れた公園や遊園地や動物園、そして病室から見える空だけ。小学校に上がってからは両親の仕事が忙しくなり、いつも家に一人でいた記憶しかない。中学生になって、彼と出会って、それからは楽しかった。同じ高校を受験して二人で合格できて、とても嬉しかったのを覚えている。しかし二年生になった直後、体調不良で病院に入院し、検査をして――癌が見つかった。

 見つかった時には既に末期だった。もう治らないと言われ、余命宣告を受けて、それでも生きることを諦めずに投薬治療を受けて――しかし病には勝てなかった。




「転生……、したいです」




 たとえそれが違う世界であっても、夢を叶えたい。広い世界をこの目に焼き付けて、それから死にたい。




「そうか。その願い、叶えてやろう。……しかし、幼子からやり直すのは、知識のある貴女には難しい。かといって今の年齢のままでは適応できまい。……新たな身体は十二、三の年の子供にしてやろう」




 女性嬉しげに微笑んで、それから提案してくれた。しかし、すぐに表情を翳らす。




「貴方の両親は悲しんではいるが、いつかは必ず自らの力で立ち上がれるだろう。しかし、彼のことだが……」




 女性は言いづらそうに口ごもる。やはり、何かあったのだ。まさか、本当に自分の後を追おうとしたのだろうか。彼は、無事なのだろうか。生きているのだろうか。

 聞くのが怖い。しかし、聞かなければならない。少女は強い意思のこもった瞳を、女性に向けた。女性は少女の覚悟に気づいてか、躊躇しながらも話始めた。




「……彼は、貴方の後を追おうとした。しかし、彼の両親に引き留められ、今は病院の精神科にいる。……身体面から言えば無事だが、精神面から言えば……。今の彼は脱け殻状態だ。生きてはいるが、彼の意識はあそこにはない」




 少女は両手で目を覆った。彼は少女が死んで壊れてしまったのだ。どうしてやることもできない。彼の心の傷が癒えることを、祈るしかない。




「……一つ、案がある」




 女性の言葉に顔をあげた。彼を助けられるというなら、何でもするつもりだ。藁にもすがる思いで、女性を見つめ返す。




「彼を貴方が行く世界に送ろう。……貴方が今と同じ年齢になる頃に合わせて。心配しなくとも、貴方がいたあの世界から我の世界に送るときの時間は調整できる。貴方が今の年齢になった時に、今の彼を貴方の元へと送る。……転生をするわけではない彼には力を与えることはできないが、それまでに貴方は力の扱い方を学べば良い」




 少女は目を見開いた。本当ですかと言いかけて、彼女の言うことなら本当なのだと思い直す。ならば、今口にすべきなのはそれではない。




「ありがとうございます……!」




 感謝の意を伝えると、女性を穏やかに笑った。




「礼には及ばぬ。……貴方のご両親にしてやれることは少ない。だが、できる限りあれらが幸せに生活できるよう、取り図ろう。それで良いか?」


「はい。十分でございます。……少しでも親孝行ができるなら、それで」




 自分を愛してくれた両親に、死んでしまった今少女ができることはなにもない。この女性の手を借りてでも、どうにかして親孝行だけはしたかった。

 病気になってしまった少女に、十分な治療を受けれるようにと両親が身を粉にして働いてくれていたことは、気がついている。それでも少女が会いたいと願えば、忙しい中会いに来てくれたのだ。




「わかった。請け負おう」




 女性のその言葉を最後に、少女の意識はプツリと途絶えた。




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