買
串焼きを食べ終えたルラは、街をぶらつきはじめた。買わなければならないものがたくさんあるからである。
まずは着替え。本当はニイナと共に買いに行きたかったが、魔法で身体を清潔に保てるとは言え、着替えをしない──否、できないというのは、精神的に嫌だった。
次に歯ブラシや石鹸等であるが、歯ブラシは買うとして石鹸──洗顔用だけでなくボディ用も含む──は、どうやらあまり質の良いものはないらしい。ニイナから聞いた話によると、王都にでも行かない限りは使っても肌荒れを起こさないような代物は手に入らないようだ。それならば、自作した方が良い。あの女性からもらった知識には、様々な植物の使用方法の知識(香辛料の知識を除く)があるのだ。無論、石鹸や化粧水くらいなら作り方の知識はある。
後は武器だろうか。防具に関しては必要ない。ルラの今の身体は、最初から胸当てや安全仕様の編み上げブーツ、それから防御の魔方陣──着ていた黒いマントの裏に、円やら三角形やらが組み合わされた図形の中に日本語で『防御』と書かれていたのを発見した時は、何の冗談かと思ったが、あの女性の知識によればこれは本当に防御の魔方陣らしい──が書かれたマントを身に付けていたのだから。
ギルドのすぐ傍に武器屋を見つけて、中に入る。先に着替えを買いたいところであったが、かきぎギルドなの近くにいるのだ、わざわざ服屋のあとにこちらに足を運ぶのは面倒である。それに──
「……高い。やっぱり買えないか」
武器というものはなかなか高価で、今ルラの目に入る範囲の一番の安物でも銀貨一枚だ。
武器の今の優先順位はルラの中では低い。なぜなら魔法があるからである。それに買うならそれなりのものが良い。
銀貨一枚で大量生産品の鋳造であろう切れ味の悪そうな武器を買うか、銀貨数十枚から金貨数枚稼いでから職人が鍛錬した切れ味の良い武器を買うか。武器に関して全く知識のないルラの目からしても、前者の武器と後者の武器のその差は明瞭だった。
本来なら前者を買って金を稼いでから後者を買うべきであろう。しかし、ルラはどうしてもその気になれなかった。理由はわからない。だが、全くその気にはなれなかったのだ。
「どうした、嬢ちゃん」
──この世界に来てから、よく『嬢ちゃん』や『お嬢ちゃん』と呼ばれる。身体がまだ十二、三歳であるため仕方がないことなのだろうが。
振り返って声の主を見て、呆気にとられてしまった。そのしゃがれ声の持ち主は、ルラとほとんど変わらない身長だったのだ。しかし肩幅は広く、がっしりとした体格をしている。白髪混じりの長い髭は今にも床につきそうで、髪の毛も長く腰ほどまであり、シワだらけの顔は浅黒い。同じく浅黒い骨張った手は身体のわりに大きくごつごつとしていて、鳶色の眼はぎょろりとしていた。
ルラはすぐに気がついた。──彼はドワーフだ。
「え、えっと、武器を……」
「冒険者か?」
「はい」
驚きから立ち直ったルラが吃りながらも話すと、ドワーフの初老の男性はルラの身体を頭から足先まで三往復ほどじっと観察し、それから口を開いた。
「……何か使ったことあるだろ。レイピアか? いや、サーベルか?」
武器に関しての知識は、ルラにはない。しかし、レイピアというのもサーベルというのも地球では西洋発祥のものであったはずだ。斬り裂くことに特化した日本の刀というものとちがい、あちらの刀剣の類いは突き刺すこと、もしくはその重量を利用して叩き斬ることに特化している。
つまりはレイピアやサーベルというのも、突いて使用するものか叩くためのものか、そのどちらかのはずだ。主に斬り裂くための動作を身体に覚え込ませた──転生して見た目は変わっているが、『身体を動かす』ということに関して何ら違和感がないのだから、この身体は紛れもなくルラのものであり、剣道の動きも覚えているはずだ── ルラが、突きに特化した武器を持ったところで武器の特性を生かせるとは思えないし、重い武器は体格的に振り回すのは難しいだろう。……いくら身体能力が上がっているとはいえ。
「レイピアでもサーベルでもありません。……何で私が武器を使ったことあると……?」
「勘だ、勘。それくらいわからなきゃ、武器屋はできん」
……凄すぎる勘だ。見ただけでわかるとは。
「んで、嬢ちゃん、どんな武器が入り用か?」
斬り裂くのに特化した刀、といったところで、それが出てくるとは思えない。しかし、言ってみなければわからない。もしかしたら日本刀のようなものが存在しているかもしれないのだ。
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レイピア
→両刃の細剣。突くことに特化した形をしている。
サーベル
→片刃の細剣。同じく突くことに特化した形をしている。
ダガー
→全長10~30cm程度の諸刃の短剣。軍用や狩猟用、もしくは鑑賞用として用いられる。
以上、頑張って得た知識です。