花
難しい依頼を受けたのには、特に理由はない。あえて言えば、時間がたっぷりあるのと、群生しているのを見つければ簡単な依頼より儲けられると思ったからである。
願った通り、場所は昨日依頼で訪れた森ではなく、延々と歩いた草原。あの時は魔法を使う必要性についてあまり考えていなかったために歩きながら練習などしていなかったが、昨日の狼の件でルラの考えは変わったのだ。
薬草を見つけるために移動しながら、右手でビー玉ほどの大きさの氷の玉を作り出す。宙に飛ばしてみたり、遠くに見える木を撃ち抜いてみたりと、何ができるかをたしかめていく。
その時に気がついたのだが、ルラの目はとてもよく見えるようになっていた。生前のルラの目が悪かったわけではない。眼鏡など無縁な両目ともに視力1.2だったのだが、それ以上に良く見えるようになっていたのだ。
よくよく思い返せば、昨日もこうして草原を歩いたときに、遠くの森がはっきりと見えていた。街だって、遠くからそれを囲う煉瓦の壁や大きな門が、はっきりと見えていたのだ。
「氷って、何か使いやすいな」
周りに及ぼす被害が少なく、何より想像がしやすい。火属性の魔法は、日頃あまり火を扱うことがなかった──ルラの家はオール電化だった──せいか、想像がしにくいのだ。
悪戯心と挑戦心で、小さな龍を氷で造り出してみる。この地球では空想上の生き物だった龍が、ルラは大好きだった。おかけでその姿形を思い描くのは安易で、あっさりと氷の龍が現れる。
小さな感動を覚えながら、溶かしたり凍らしたりを繰り返す。まるで龍が生きているかのような滑らかな動きをさせることができ、ルラは口元に笑みを浮かべる。
この龍も、威嚇程度になら使えるかもしれない。それに龍を生き物のように動かすという作業は、集中力が要って訓練になりそうだ。
目的の薬草を見つけて、ルラは花の部分だけを手折った。甘い匂いがするこの濃い桃色の花は、ある病気の薬となる。
採取したものを入れる袋くらい買っておけばよかった、と後悔しながら、見つけた群生の花を蕾のものは残してすべて手折る。これで銀貨三枚くらいの儲けになっただろう。
もう一つの依頼の方の目的の植物は、残念ながら三本しか生えているのを見つけられず、しかしこちらも銅貨十枚になる。
依頼の成果に満足しながら、昼過ぎに街へと戻ったルラ。ギルドへ直行し、金を得てから早速露店のギーダーの串焼きを購入する。旨い。確かに旨いが──
「味が……」
こちらにきてから塩味以外の味付けのものを口にしていない。もしかしたら──
「塩味しか、ない……?」
串焼きを手に愕然としてしまった。
生前のルラが入院するまでに一番好きだったことは、食べることであった。ルラはとにかく食べることが好きだったのだ。
幸いにも太りづらい体質であったため、何も気にすることはなく、毎日美味しいものを作っては食べていた。
それが転生してできなくなるとは!
そしてルラは決心した。
(何がなんでも美味しいものを作ってやる!)
自分が食べたいが故に、美味しい料理を作ることを。
ならばまずは知識がいる。ルラが生きた世界と、ルラが今生きている世界では、植物がほとんどといっていいほど違っている。タンポポは見かけたが、途中で茎が枝分かれしていた──という具合に。
地球には存在していなかった植物も存在するに違いなく、また逆も然りだ。
だか、幸いなことに、あの女性からもらった知識には、毒草やら薬草やらの知識がある。つまり、毒草を見分けることが可能なのだ。毒のない植物を試しに食べてみればよいのである。一体どれくらいの植物を『味見』することになるかはわからないが。
鶏ガラやら豚骨やらを使った料理に関しては、再現が可能だろう。味や見た目が鶏に似た家畜も、豚はいないが猪も存在するのだ。猪骨で出汁をとったことはないが、猪も豚も生物学的に種は同じである。問題はない。
そうと決まれば、料理ができる環境を手に入れなければならない。料理で金を稼ぐ気はない。自分の口に入ればよいのだ。つまりは、料理をする設備が欲しいのではなく、料理をする道具さえあればよいのである。
しかし、今のところ鍋やら何やらを買うお金すら、宿代や飯代を差っ引くと危ういのだ。金稼ぎが優先である。
あとは生活必需品も買わなければならない。下着類やパジャマ(なければその代わりとなるもの)、歯ブラシに手拭い、それから──
武器も要るだろう。あまり魔法に頼りたくはない。刀があるかはわからないが、レイピアなら何とか扱えるかもしれない。
(あー……、当分は塩味かぁ)
ルラはがっくりと肩を落としたのだった。
.
《ルラの財産》
銀貨 4
半銀貨 2
銅貨 11 → 9(-2:ギーダーの串焼き)
半銅貨 1
半銅貨一枚約75円より
銅貨→150円
半銀貨→3000円
銀貨→6000円
6000*4+3000*2+150*11+75*1=31,725円