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月女神の庭で。  作者: 祐多
第一章
15/31

宿

 




 川魚を購入した屋台のおじさんに宿の場所を教えてもらえたため、そちらに向かう。十分近く歩いてようやく見つけた宿は、小さくて寂れていたが掃除が行き届いていて綺麗だった。



「部屋は空いていますか?」



 受付らしきところに座る四十半ばであろう女性に声をかけた。蝋燭の橙色の灯りに照らされていた彼女は、小さく笑って頷いた。



「空いとるよ。一人かい?」


「はい。……お世話になります」



 ペコリと頭を下げて挨拶をすると、女性は目尻のシワを深めた。──目尻にシワがあるのは、よく笑う人という証拠だ。



「一泊銅貨八枚、一食銅貨二枚だ。朝食付きで一泊なら銅貨十枚だよ」


「じゃあ朝食付きで一泊お願いします」



 銅貨十枚を手渡すと、女性は木の札がついた鍵をくれた。



「部屋はそこの階段をあがって一番奥だ」


「はい、ありがとうございます」



 再び頭を下げて、受付のすぐ近くにあった階段を登る。ギシギシと階段の板が軋む音がするのは、建物自体が古いからだろう。壁に蝋燭立てがあり、階段もそれに続く廊下も、それなりに明るい。


 トイレらしき標識を見つけて入ってみると、やはりというかなんというか、所謂『ぼっとん便所』──つまりは汲み取り式のようだった。またがるタイプのそれは、和式トイレに似ていた。

 しかし、臭いが充満していないのは、魔法で何かしら工夫がなされているからであろう。無論トイレットペーパーというものはないようで、柔らかいさわり心地の葉が便器のとなりの籠の中に入っている。これで拭くようだ。


 中国のように仕切りがなかったり、インドのように手で拭くというものではないことに、胸を撫で下ろす。日本生まれ日本育ちな純日本人のルラには、仕切りなしやら手拭きやらのトイレは、精神的に少しばかりきついものである。……いざとなったら、そんなことはお構いなしに使うと断言できるが。尿意や便意に逆らえるわけがない。ついでにと用を足して、ルラは部屋に向かった。



 部屋はそれなりに広かった。シングルサイズらしきベッドと小さな木製の机、それから木製の棚が備え付けられているだけの部屋であるが、十分である。窓は一つだけあり、開いてみるとやはりガラスはない。技術的に難しいのだろう。

 小さな机には、蝋燭立てと金属製の水差しと木製の少々歪な形をしたコップが置かれていた。蝋燭はない。持ち込め、ということか。



(魔法で明るくすればいいのか)



 蝋燭がなくとも魔法がある。

 小さな光の玉を思い浮かべ“ライトボール”と唱えてみる。光属性に相当する魔法であろうが、あっさりと成功し、小さな光の玉はほのかに黄色い光で部屋の中を照らした。



(光属性も使えるのか……)



 この分なら闇属性も使えそうである。しかしながら使う機会はないだろう。



 ──この先、自衛を魔法でするならば、魔法は練習しておくべきだ。必要以上に使う気はないが、衛生的な生活をするのにも必要不可欠であろう。シャワーはともかくとして風呂もあるかどうか不明なこの世界では、魔法をつかわなければ身体を清潔に保つのは難しいに違いないのだ。



 それから、魔法を使うならばこの世界の魔法がどのようなものであるかも知る必要がある。

 しかし、それに関してはいますぐどうにかできるものではないため、少しずつ調べていくことになる。



(大丈夫、時間はたっぷりある)



 今の身体の年齢を十二歳とするならば、あと四年かけてどうにかすればよいのだ。


 当分の目標は、魔法をうまく使えるようになることだ。



 そうと決まれば、早速練習である。



「防御の魔法が欲しいよね」



 敵を攻撃する前に、自分の身の安全を確保しなければならない。ルラは死にたくないのだ。せっかく転生できたのだから長生きしたい。



「盾みたいなものを作り上げれば……」



 しかし、盾のイメージがわかない。ルラは生前、ゲームやら漫画やらに興味がなかった。歴史にも興味はなく、一番好きだったことといえば料理だ。香辛料やら香草やらを調合して味の違いを楽しんだり、甘味づくりに没頭して家中に甘い匂いを充満させてしまった、茸狩りに参加して地元の人となかよくなったり、とやってみたいことには何でも手を出していた。

 お陰で植物をみれば、それの毒の有無や美味しい調理の仕方等が思い浮かぶほどになってしまったが、こちらの植物があちらと同じものではないために料理はしづらいだろう。


 それはともかく、ルラには武器や防具に関しての知識はほとんどないのである。剣道というものや柔道というものやらその他諸々に手を出していたが、それとこれとは話が別だ。故に盾というものがどのような形をしているのか、具体的にはわからないのである。



「ならあれか? 壁とかイメージすればいいのか」



 考えが纏まったところで手のひらを前につき出す。

 ──イメージするのは壁。固そうな土の壁。



「“土の壁”っ!」



 名前はシンプルに。

 ルラの目の前に、土でできた壁が現れた。ルラの身長より少し大きいくらいの高さで、横幅は大人の歩幅一歩分くらいだ。


 性能を確かめるために、正面にまわって魔法をぶつけようとし──悩んだ。

 何なら大丈夫だろうか。水属性は水浸しにしてしまう可能性があるため却下で、土属性だとぶつかってどうなったかがわかりにくい。風属性では周りまで被害を及ぼしそうで、火属性は一番まずい。火事を起こしかねない。雷属性も同じくである。

 光属性は速さは特化しているがあまり攻撃に向いておらず、どちらかというまでもなく治癒や防御むきであり、闇属性魔法は攻撃特化であるが、その性質は『消滅』であり、壁や床にでも当たったらその部分が消えてなくなってしまう。


 ルラは考えた末にひとつの解決策を思い付いた。



「固まってればいいのか」



 ──想像するのは、氷の槍。先が鋭くとがった槍。……といっても、槍の実物は見たことがないため、先が円柱状となっている長細い棒を思い描き、それが飛んでいくのを想像する。



「“氷の槍”!」



 槍はあっさりと壁を貫き、ルラは部屋の壁に当たる前にと慌てて槍を消し去った。



「成功、かな」



 ほっと胸を撫で下ろし、土の壁を消してベッドに寝転がる。藁で編まれたベッドは固いが、金銭的に貧乏であるため仕方がない。

 この二つの魔法がどれだけ使えるかわからないが、要はイメージなのだ。あの壁が何よりも固いと思い込み、あの槍は何でも貫けると思い込めばよい。



「あれか、矛と盾ってやつ。……矛盾してるけど気にしなきゃいい」



 忍び笑いを漏らし、他にもとあれこれ魔法を考えているうちに、ルラは眠ってしまった。




.

明けましておめでとうございますm(__)m


……あれ、この場で挨拶するのは初めてな気がします。気のせいということにしておきますが。

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