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月女神の庭で。  作者: 祐多
第一章
14/31

初──5

 




 何か鋭利な刃物で殺されたかのような、ズダズタになった狼らしき生き物の死体。赤い目は見開かれ、舌をだらりと出して、切り裂かれた腹から内臓が飛び出し、漆黒の身体を赤黒い液体で濡らしていた。


 鼻をつく異臭は、紛れもなくその『液体』によるもの。



「ウサギは大丈夫だったんだけどなぁ……」



 一頻り胃の中身を吐き出したルラは、苦い笑いを溢して、ゆっくりと立ち上がった。



「えっと……“短剣”」



 イメージしたのは氷の短剣。装飾のないただ斬るためだけに使うそれは、無色透明な短剣だ。

 ウサギを捌いた時も使ったそれを手にして、狼のような生き物の死体に近寄る。



「ごめんね。……私も生きたいんだ」



 皮を剥ぎ、買い取ってもらえるかもしれない鋭い大きな牙だけとって、ルラはその場を後にした。

 薬草はマントの内ポケットに仕舞ってあったため、血飛沫が飛んだりはしていない。



「あ、このままじゃヤバいかな」



 自分が血だらけなことを思いだし、ルラは立ち止まった。あまり魔法に頼りたくはないが、このようなときは仕方がないだろう。科学技術の発達した日本で生きていたルラにとって、『汚れ』というものは気になってしかたがないことなのである。



「どうやればいいんだろ。……えっと“清めよ”」



 水の膜を纏い、それが身体の汚れを取り去る──というイメージして呟いた。一応上手くいったようで、一瞬呼吸ができなくなったが、身体に纏った水は返り血を洗い流した。しかし、ずぶ濡れになってしまう。



「あー、“乾け”」



 今度は巨大なドライヤーの温風に当てられる想像をしたところ、物凄い突風が起こった。ふらついて慌てて地面を踏みしめる。水分は飛んだが、目が乾燥して痛い。



「魔法って難しい……」



 目の乾きを水属性魔法で潤しながら、ルラは呻いたのだった。





 * * *




「ただいま戻りました」


「お帰り。遅いから心配したぞ」



 街の外へ出るときと同じ心配性な強面こわもての門番と会話をかわす。日が暮れてからまだ間もないためか、街はまだ賑わっている。

 流石に今から街に入る者は少ないようで、列に並ばなくてすんでいた。



「あの、これ」



 外へ出る時に渡された木の札を返すと、門番は受け取りながら視線をルラの手に向けた。



「ダークウルフか!? この辺りには生息してないはずなんだが……。一応上司に報告しておくか。他にまだいるかもしんないしな……。しかしよく倒せれたな。こいつら集団でかかってくるから手強かっただろう」



 上司と聞いて疑問になった。門番は雇い兵なのだろうか。だとしたら雇い先は街……? 否、彼らは騎士か何かなのかもしれない。



「……囲まれた時は怖かったんですが、いつの間にか倒していて」



 どう説明しようか悩んだ末に、ルラは誤魔化した。ルラの語彙力では上手く説明できそうになかったということもあるが、あの現象がよく起こることなのかわからない以上、言わずにおくべきだ。



「いつの間にかってなぁ、嬢ちゃん強えぇんだな」


「そんなことはないですよ。……ホントに私が強かったなら、こんな倒し方してませんから」



 毛皮を一枚広げて見せると、門番は瞠目した。



「ズタズタじゃねぇか! これじゃあ売れんよ」


「ですよねぇ……」



 何となく思っていたことを指摘され、ルラは悩む。



「んー、まぁ、売るだけ売ります。値を気にせずに。どうせ想定外の収入だから」


「……それもそうだな」



 門番に別れを告げてルラは門を潜った。さっさとギルドにいかなければならない。収入がなければ宿に泊まれるかわからないのだ。



 相も変わらず賑わう、淡い褐色の明かりに包まれたギルドに足を踏み入れ、受付に向かう。丁度あの美人さんの手が空いているようだった。



「依頼終わりました」



 依頼書を渡すと、美人な受付嬢は素早く目を通す。



「……夜咲草と月光草の採取ですね。依頼の品をこちらへ」



 差し出された籠に、マントの内ポケットから取り出した根付きの夜咲草と葉だけ採取した月光草を入れた。



「確認してまいります。少々お待ちください」



 受付嬢は頭を下げて、彼女の背後の扉の向こうへと消えていった。本物かどうかを見分けることを専門にしている者でもいるのだろう。

 受付嬢は一分と経たずに戻ってきて、薬草の代わりに貨幣を差し出してきた。



「月光草の葉が十八枚と夜咲草が十本でしたので、全部で銅貨四十二枚になります。銀貨にしますと銀貨一枚と銅貨二枚になりますが、銀貨でよろしいでしょうか」


「はい」



 受付嬢から受け取って、三枚の貨幣を確認する。初めての銀貨である。この上に半金貨や金貨等が存在するらしいが、半金貨の価値でもだいたい銀貨三十六枚であり、平民では滅多に目にすることはないらしい。──無論、あの女性がくれた知識によれば、であるが。


 受付嬢に礼を言ってから貨幣をマントの内ポケットに仕舞い、次に向かうは素材買い取りの受付だ。



「損傷が酷いですね……」



 「お願いします」と毛皮と牙を渡すと、買い取りの受付の男性は顔をしかめた。



「牙の方は状態がまあまあ良いので通常値の一つ銅貨一枚で買い取りますが、毛皮の方は状態が悪いので合わせて銅貨十二枚が限界です」


「それでいいのでお願いします」



 ルラにとっては臨時収入なのだ。十分である。



 男性から貨幣を受け取り、これでルラの全財産は銀貨一枚半銀貨二枚銅貨十四枚。日本円にして約一万四千百円である。



(あー……、しばらくは日本円に直さないと価値がわかりそうもないな)



 幸いルラは計算が得意だ。


 手渡された貨幣を黒いマントの内ポケットに仕舞いこむと、男性に別れを告げて外へ出た。今の季節は推定春であるが、さすがに夜になると肌寒い。

 マントを身体に巻き付け、風から身を守るようにして足を進める。


 途中、屋台の良い匂いに誘われて、焼いて塩をふっただけの川魚(銅貨二枚)を購入し、串に刺してあるだけのそれに食らいつきながら歩く。絞りたての果汁百パーセントジュース(半銅貨一枚)を見つけ、また購入してしょっぱくなった口の中を甘味で満たした。

 因みに木製のコップは返却しなければならないので、ルラはその場で飲み干したのだった。


.

主人公『ルラ』


性別 女

年齢 十二歳

身長 百三十センチ台後半

 髪 黒のストレート、長さは肩の辺りまで

 瞳 紫紺


主人公のプロフィールです。

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