初──4
(こういう展開のこと、なんつったけ? ……テ、テ、テ、テ、……テン、……んや、テナント。……あれ、なんか違う)
確か略してカタカナ四文字だった気がする。──ルラは目の前の現実から目をそらして考えた。
──グルルル……
低い唸り声が聞こえる。獣臭い臭いに混じって、鉄臭い臭いがする。
──人はパニックに陥ると、どうでもよいことを考えてしまうようだ。
街へ帰ろうとしていたルラは、今、十匹近い狼らしき生き物に囲まれていた。
日暮れの暗闇に、二対一組の真っ赤な瞳が浮かび上がっている。黒い身体は闇に紛れ、だがこれもこの身体の種族的な影響なのかルラの目にはしっかりと見えていた。
──グルルル……、ガァウ!
「うわっ!」
推定狼が上げた声に驚いて、何とも色気のない悲鳴をあげてしまった。
ルラは恐怖を感じていないわけではないのだ。ただ度が過ぎたそれに、開き直ってしまったのである。
しかしながら、ルラの腰は抜けてしまっていた。足腰に力が入らず、尻餅をついて左手を地につけて身体を支えている状態だ。逃げるにも立てず、つけくわえ囲まれてしまっているので不可能だ。
武器になるようなものはない。しかし、ルラには魔法がある。
── 狼らしき生き物は、不意に一斉に飛びかかってきた。
咄嗟のことになにもできない。
恐怖で口を開くことすらできない。
身体は硬直し、目を見開いたまま固まる。
しかし、
──まだ生きたい。
その強い思いは、あまりにも強い思いは、形となって現れたのである。
──突如、光の爆発が、ルラの身体から生まれた。淡い紫紺のそれは、ルラの身体と狼のような生き物を包み込む。
目も開けていられないような輝きに、ルラは反射的に目を瞑った。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
光は徐々に小さくなり、辺りは再び暗闇に包まれた。恐る恐る目を開くが、強い光を見てしまったためか、よく見えない。
──鉄臭い臭いが、強まっていた。地面についていた片手をはなすと、何やらぬるりとした感触がした。
ドクリと、ルラの鼓動がはねあがる。徐々に回復する視界。目に映るのは青みがかった赤黒い『何か』で染め上げられた、草木。
頭がくらくらする。何も考えられない。喉元に何かが込み上げてきて、口の中に酸っぱい味が広がる。
ルラは吐いた。胃にあった全てのものを。
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