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37,彼女の美

 浜に世にも怪奇なご馳走が並べられた。

 一方には、最高級黒毛和牛の佐賀牛まるごと一頭、生。

 一方には、ミセス・ビッキーお抱えシェフ、ブッチ・熊田の手になる大皿に載った●●●●の●●●●●掛け●●●●●●●●。あまりにビジュアル的に生々しく強烈なため伏せ字でごめんなさい。あ、実況は帰ってきた隠れ面白美少女ことマイでーす。

 間に立ったブッチーは、戸惑いを隠せない人語を解する巨大白蛇白樹様に向かって言った。

「さあ、どちらも最高級の食材の最高級のお食事である。どちらでもお好きな方を選ぶである」

 一方は最高級の食材そのものだけれどね。

 おまえは食べ物じゃないのか?という太った怪しい人間の用意した食事を前に、その意図するところをいぶかりながら、白樹様はブッチーの調理した大皿の方をぺろりと平らげた。ゲロゲーロ。ブッチーはパチン!と手を叩いた。

「さすがである! して、お味はいかがであるか?」

 期待を込めて訊ねたシェフ・ブッチーに白樹様は、

「うむ。美味い」

 とお口の中のお口でねぎらった。

「それはたいへんけっこう。たいへん嬉しいである」

 うまい料理に満足しながら、で?なんなの?と長い首をかしげる白樹様に、ご主人のミセス・ビッキーが歩み出て説明した。ミセスには日傘を差した美人のメイドさんがついている。美雪さんと言うらしい。是非懇意になりたいわ。

 あ、ついでに今の状況を説明しておくと、ユイがわたしの下部として絶対服従を誓ったため彼女の妹のキョウカとマミも許されて船倉の窒素ガス冷凍庫から出されて天日で復活した。いやあヘビってしぶといわ。二人ともさすがヘビの一族に迎えられただけあってかわいいじゃない? この二人も当然奴隷メイドとしてわたしの言うことを聞くのよね? ウフフ。ボートで恐る恐る岩陰に隠れていたアイリと裸のモデルたちも保護されて全員ちゃんと服を着ている。チェッ。女だらけの場に漁師の兄ちゃんは自主的に蓋を解放してすっかり常温に戻った船倉に潜っている。超硬質プラスチックの鎧を着込んじゃった長太郎爺ちゃんもユリエママが馬鹿力で割って無事救い出してやった。ヘリコプターに乗ってやってきたのは、パイロットと、ブッチーと、ミセス・ビッキーと、メイドの美雪さんの4人。あ、あと、白樹様に食べられないで命拾いした佐賀牛。気絶していたカノンも顔が元に戻ったお社様といっしょに下りてきた。顔が蛇になっちゃうのは白樹様がお目覚めの際に寝ぼけ状態で巫女との同調が上手くいかないせいなんだってさ。落ち着くと人間の姿に戻れるんだって。………えーと、あと誰かいたっけ? 登場人物が多すぎて分かんないぞ? ま、いっか。

 で、ミセス・ビッキーのお言葉です。

「初めまして、白樹様。わたくし、東京で化粧品販売いたしております海老丸・ビクトリアと申します。以後お見知り置きくださいませ。

 あなたは、蛇の身でありながらたいへんな長寿を得て、このように人の言葉を解するほどに賢くなられ、白い肌の神秘の力でたいへんな富を隷属する島に与えてやっているとか。見た目もたいへん堂々として美しく、わたくし、心より感服いたす次第でございます。

 ところで、神とあがめられるあなたは人間の生け贄を求められるとか? これは褒められた所行ではありませんね?」

 ぺらぺらおしゃべりするミセスに腹を立てて白樹様が言った。

「それがどうした? わたしはただの蛇でも、人間でもない。人間でないわたしが人間を食料として見て何が悪い?」

「そのお考え、ごもっとも。しかれど、文化的にコンタクトとの得れる相手を食料としてしまうのは、やはり野蛮ではありませんか? わたくしの目から見れば、言葉をしゃべるあなたはわたくしと同じ、ヒト、ですわ?」

「フン。わたしと同じとは、ずいぶん偉く出たな?」

 と言いながら、白樹様も自分を恐れるでもなく友情を込めて同じ「人」と扱うミセスに好感を持って嬉しそうだ。

「恐れ入ります。そこで、先ほどうちの料理人を使ってあなたを試すような失礼な真似をさせてしまったのですが、素材に手を加えてより美味しくいただこうというのが食べ物に対する人間の文化的な美学。同等の最高の素材を並べられながらあなたは躊躇することなく手を加えられた料理を選ばれ、それを美味しいとおっしゃった。まことあなたが文化を理解する高度な存在である証」

「口の回る女だね? で? 何が言いたい?」

「人を食べるのはやめていただきたい。でないとわたくしも人としてあなたとお付き合いが出来ません。わたくしはあなたのその美しさが欲しい。その美の源を、お分けいただきたい。代わりに、ただ今食べていただいたような世界の超グルメを、お礼として提供させていただきます。あなたが身を飾る金銀財宝オートクチュールに興味がおありになるなら別ですが……そのままで最高に美しいあなたに装飾品は必要ないでしょう。他にご興味のあるものならなんなりとご提供いたしますが、いかがでしょう?」

「要は、わらわと商売したいと?」

「はい」

 ミセスは慇懃にお辞儀した。白樹様は舌をチラチラさせて言った。

「よかろう。言われてみれば確かに調味料のない生ものには飽きが来ていた。先ほどは美味であった。そなたがわらわに礼を尽くして付き合いたいというならそうしてやってもよいぞ」

「ありがたきお言葉」

 ミセスは笑顔でお辞儀し、ちょっと困ったように言った。

「調味料はほどほどに。太ったりお体を壊したりしてはいけませんので。ブッチー、よろしいですね?」

「御意」

 ブッチーは深々お辞儀し、白樹様にも言った。

「究極のグルメは素材に帰るであります。真にグルメな舌は香辛料では誤魔化せないであります。毎回真剣勝負で最高のグルメ料理をお食べいただくであります」

 う〜〜ん……、アレがどこまでエスカレートするのか……、人はそれをゲテモノと呼ぶのよ?

「腹が満たされた故わらわは寝る。後はおまえたちに任せたぞよ」

 白樹様は娘たちに言って山のお屋敷に帰っていった。ま、基本もうお婆さんなんで疲れやすく、すぐ眠くなっちゃうのね。おやすみなさーい。ああ、平和って素晴らしい。


「さて」

 今度はユリエが厳しい目でユイたち姉妹と姉を見て言った。

「お姉さま。白樹様はよろしいですが、元々人間のあなたたちは、動物の理屈で許されるものではありませんよ?」

「ごめんなさーい。もう人間は食べませーん」

 深々頭を下げて謝る白金母娘に、身内のユリエママも同じ側に立って人間の裁断を仰ぐようにミセスに言った。

「わたしも同じヘビの娘として分かるのですが、人間を食べたくなるのはヘビの母親である白樹様のテレパシーの影響が強いのです。勝手な言いぐさですが、人間を食べたくなるのは蛇の血なんです。白樹様がもう人間を食べないとおっしゃられた以上、この人たちももう人間を食べることはしません。これまでの罪はどうか許してあげてください」

「ユリエ様」

 長太郎爺ちゃんが言った。

「そう簡単には行きませんぞ? こやつらに娘を食われた肉親の者もおる。改心したからと言ってそうあっさり許されるものではありませんぞ?」

 我が娘のしでかしたこととして、長太郎爺ちゃんも苦しい顔だ。

「ま、よろしいでしょう」

 と言ったのはミセス。

「それをさせていたのは人間の社会でしょう? 自分たちの欲のために娘たちを生け贄に捧げていたのですから、それをこの人たちの責任に押しつけるのは虫が良すぎるというものです。きちんと供養して、自分たちの繁栄に寄与してくれたことに感謝するのですね」

「ははっ。ありがたきお言葉、感謝いたします」

 いよっ! 大岡裁き! 日本一! ……別にミセスは裁判官でもなんでもないんだけどね、ま、気持ちの問題よ。島の人たちも蒸し返されちゃ色々都合悪いところがあるんじゃない? みんなで明るい未来に進んでいこう!ってことで、ね?

 長太郎爺ちゃんも正直なところほっとしたように、ようやく優しい目でユイを見た。ユイの方が辛そうに目を伏せている。ま、こっちも時が徐々にわだかまりを溶かしていくことでしょう、と。ユリエママもユイに言った。

「ユイ。わたしを島から追い出したあなたに、わたしは感謝しているのよ? あなたはわたしに新しい世界をくれたわ。ありがとう」

 ユイは悔しそうに、すねて言った。

「なによ、今さら。あなたこそ、わたしを拒否したくせに……」

 まあこの二人も色々あったみたいだねえ。今度ゆっくり話そうね?

 じゃあ、問題解決!ってことで、わたしはボーナスボーナス!っと。


 わたしはボーナス一番乗りを期待してミセスに教えてあげた。

「ミセス・ビッキー。へび女になると永遠の若さと美が手に入るんですよ? えっと、保証期間はとりあえず150年です」

 お社様が生きた保証書よね?

「永遠の若さと美? それはつまり、不老不死ということ?」

「そうです! へび女の子蛇をおへそに入れるだけでいいんですよ?」

 わたしはご褒美が嬉しくてニコニコ言ったが、ミセスの反応は予想外のものだった。

「興味なし」

「え〜〜〜〜っ!? …………なんで?」

「変化がないのは、物の美です。生きている物の美ではありません。わたくしは常にその変化の途中段階での最高の美を追究しているのです。変化の中で常に最高であり続けるのがわたくしの美学です」

「さ、さようですか……。実に深いお考えです…………」

 ガア〜〜〜ン…………。へび女の美があっさり全否定されてしまった。フン、いいんだもん、わたしは自分の美しさよりかわいい女の子や綺麗なお姉さんの美しさを愛してるんだもん。

 ミセス・ビッキーはがっかりしているわたしにちらりと眉毛を上げて、励ますように言った。

「ですがまあ、白蛇のコラーゲンにはたいへん興味があります。エクストラ・パールホワイト・シリーズとして超高額の商品展開が出来るわね。わたくしも、愛用したいわ」

「あ、そっちは興味あるわけですか? それはそれは……」

 エクストラ・パールホワイト・シリーズ……。それは是非ホテルのエステコーナーでも展開したいなあ。そうそう、商品のイメージガールコンテストやって、優勝者の美人さんには最高級生コラーゲンの白ヘビ風呂に入ってもらうの……ウフフフフ。

「ミセス。『真珠輝』と商売の協力関係を結ぶおつもりですか?」

「それはまあ、皆さんと相談して。ここはなかなか良いところですね? 辺干島もリゾート開発をしている最中とか。このせっかくの宝物を損なうことのない上手な開発を期待したいものね? アドバイスが必要なら是非協力させていただきますが?」

「ユイ。ありがたいお申し出よね?」

 ユリエママに微笑まれ、ユイも、

「ええ。よろしくお願いします」

 とミセスに笑顔を見せた。あ、そういえば社長はお社様だったっけ? ニコニコ笑って眺めているし、ま、いいか。

 さあ、これで本当にすべて丸く収まった。白樹様が引っ込んじゃったから金塊を自由に使うもくろみはなくなっちゃったみたいだけど、どうせ存在が明らかになれば借金まみれの日本政府に接収されるだけだろうから、白樹様といっしょに眠らせておいた方が平和だろう。『真珠輝』とリゾート開発が順調にいけばそんな物に頼る必要もなくなるんだからさ。

 めでたしめでたし。

 ミセスはヘリコプターで、他のみんなは海兆丸で辺干島に向かうことになった。佐賀牛くんは定員オーバーということで、後で別の船に迎えに来てもらって、いずれホテルのディナーになることだろう。ご馳走様。

 ユイと白金一族もひとまず白輝島にとどまることにした。いずれご主人様であるわたしの所へ出仕してもらおう。えっへん。

 意気揚々、わたしたちは白輝島を出発した。



 出発したわたしたちに、ヘリコプターのブッチーから携帯に電話があった。受けたユリエママの携帯に途切れがちの音声で、

「左舷・・・・人・・・・溺れ・・・・・・」

 と聞こえた。なんのことやらと入り江を出たところで左旋回して島の西側の海に向かってみると、バシャバシャしぶきが立っている。飛び魚でも撥ねているのかと近づいていくと、なんと、必死の形相でバチャバチャ波を叩いているユーノだった。……ああ、こいつだったか…………。救命浮き輪を投げてやって、引き上げてやった。全裸だ。ヤッホー。ウララさんがさっさと服を着せてやっちゃったけど。息も絶え絶えのところ話を聞くと、モーターボートから放り出されてからというもの、泳いでも泳いでも潮に流されて白輝島へ近づくことが出来ず、ずーっと漂流していたのだとか。自分を放り出したアイリに牙を剥いたが、さすがに襲いかかってくる元気はないみたい。ま、鮫に食われないでよかったね? ほんと、蛇ってしぶといわ。でもわたしはユリエママに言われてユーノから『蛇の玉』を抜き出して普通の女の子に戻してやった。本人は怒りそうだけど、ま、普通の方が幸せだよ。わたしが言っても嘘っぽいけどさ。

「あの……」

 と、すっかり端っこの方で大人しく存在を隠していたカノンが恐る恐る言った。

「わたしも、普通の女の子に戻してくれない?……」

 かわいそうに目を伏せて、とても仲間のみんなに顔向けできないようだ。そんなカノンを、ポン、と頭を叩いて、シズカが言った。

「バーーカ」

 それからわたしに、

「マイ。腹が立つからこいつも普通に戻しちゃってよ? 白い肌を見せつけられるのはもううんざりだよ」

 とぶっきらぼうに言った。わたしはユリエママに笑顔で訊いたが、ママは、

「カノンちゃんはホテルに帰ってから。もう長くヘビにされていたから、ゆっくりね?」

 と優しい笑顔で言った。「ゆっくり」のところに特別の感情がこもっているのをわたしは聞き逃さない。その儀式には是非わたしも参加させてもらおう。

 さて。これでほんとに、おしまい。

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