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30,解き明かされた真実

「チョットヨロシイデスカ? アナタハイワユル『娘が欲しい』ぱらのいあナノデハナイデスカ?」

 驚き、っつうか呆れ果てたわたしはついカタコト言葉でツッこんじゃったわよ。

 ユリエさんは目をパチパチさせて、残念そうに首をかしげると、

「あなたのお母さんに電話して聞いてみなさいよ?」

 と、現実を受け入れずに頑張った。あ、そういやあ。

「電話。モモカのやつに蛇の中に捨てられちゃった」

「あらまあ。待ってて。拾ってきてあげる」

 ユリエさんは平気で蛇の群がうごめく暗がりに歩いていき、わたしの携帯電話を持ってきてくれた。

「これよね?」

 いえ、わたしの携帯電話はそんな蛇の粘液にまみれたきったない物じゃなくコワルスキーキラキラの美麗なデコ携帯です、という冗談を言いたくなっちゃうくらいぬるぬるに汚れていた。うえ〜〜ん。ユリエさんも苦笑して。

「後で洗ってあげるわ。じゃあわたしの使いなさい」

 と、自分の携帯をホットパンツのお尻から取って渡してくれた。ユリエさんのかっこうは白のゆったりシャツに太もも剥き出しのホットパンツで、とても120歳の妖怪お婆さんには見えない色っぽさだ。

 わたしは貸してもらった携帯で母宅の電話番号を入力しようとしたが、

「アリサちゃんの携帯なら登録してあるわよ?」

 と言われ、メニューの番号登録を見ると、母の名前「アリサ」があった。半信半疑で押してみると、間違いなく母の携帯の番号が表示され、プルル、とかかり、

『もしもし、ユリエさん?』

 間違いなく、我が母アリサが出た。

「もしもし。わたしは誰でしょう?」

『あら、マイ。なに面白いこと言ってんの?』

「あのさーお母さん。このユリエさんがわたしは自分の娘だってボケたこと言ってんだけど?」

『うん。そうよ。あんたはユリエさんの子よ』

 ガアアーーーーーーーン…………

 し、シングルマザーのくせに、わたしが実の娘じゃなかったなんて、20年生きてきて最大の衝撃よ。

「いったいどゆことーー!?!?」

『お母さん、女の人が好きでしょう? それでね、ユリエさんと恋に落ちて、ユリエさんの卵をもらって産んだのが、あんた。分かった?』

 この母にしてわたしあり。そっくりだもんね。実の娘じゃないと言われて信じられるかってんだい!と思っていたら、ななな、なんですとー?!

「ユリエさんのタマゴで、わたしを産んだ?」

 なんかものすごく生々しい話じゃないかい?

『えーとねー、ちょっとユリエさんに代わって?』

 わたしは携帯をユリエさんに渡した。

「もしもしー、ユリエでーす。うん、そうなのよー、マイちゃんが来てからいろいろ事件が起きて、忙しいのよー。うん、うん、分かりました。じゃ、またねー」

 ピッ、と電話を切ってしまった。

「説明が面倒だからわたしに任せるって」

「ああ、さようですか。母はわたしと同じであんまり頭が良くないので、お手柔らかにお願いします」

 わたしは受精卵の遺伝子をどうたらこうたら、クローン胚がどうたらこうたらという小難しい医学的話をされるのかと最初から謝っておいた。


「わたしたちへび女は気に入った相手に自分の分身の子蛇を仕込むことで相手を仲間にすることが出来るの。子蛇は入れられて時間が経つと完全に器官の一部になって、その人をへび女にするの。

 一方、子蛇の卵をそのまま相手の子宮に入れると、二人の遺伝子が融合した娘を産むことが出来るの。という事実を、わたしはアリサちゃんとお付き合いしていて発見してしまったのよ。

 モモカや他のへび女たちは子蛇を入れられて娘になったタイプ。

 マイ。あなたはこの世で唯一、卵から生まれたへび女なのよ」

 子蛇は想像つくけどね、卵を子宮にってどうやるのか、まあレズカップルのやることだから具体的な考察はあえてやめておこう。ただ、

「じゃあわたし、二人が愛し合って生まれた娘なのね?」

「そうよー、マイ! ああこんなに綺麗に成長して、ママ嬉しいわあー!!」

 ぎゅう〜〜っとおっきい胸に抱きしめられた。…不満なのはこの胸ね。なんでわたしペッタンコなのよおー。まあいいや、人ので楽しむから。

「お母さん!」

 わたしもぎゅうっと抱きしめて遠慮なく甘えた。

 ああ、美しい母娘の愛情。綺麗にまとまってよかったよかった。ひゅうー。

「アリサママとはどこで知り合ったの?」

「六本木のディスコで。実はわたし、けっこう島を離れてあちこち遊びに行ってるのよ。姉さんじゃあるまいし、こんな面白くもない田舎の島に引っ込んでられないわよ。

 そうだ、あなたのことも陰からこっそり見ていたのよ? わたし、ユイとそりが合わなくて嫌われているから、あなたがわたしの娘ってばれちゃったらどんな意地悪されるか分からないものねー」

「そうだったんだー。わたしお父さんはあんまり欲しいって思ったことないけど、若くて綺麗なお母さんならもう一人欲しかったわ」


「あのーであるが」

 無粋なブッチーが口を挟んだ。

「立ち話もなんであるからどこか明るいところへ行かないかである。わしの話も聞いてほしいである」

「ああそうだ!」

 わたしも思い出して言った。

「ユリエママ。ホテルはどうしたの? 長太郎爺ちゃんたちがママを冬眠させに行ったはずなんだけど?」

「あのー…である……」

「そうね、まだ話さなくちゃならないこともあるから、ゆっくり出来る安全な場所に行きましょうか?」



 ということでお邪魔したのは工場長夫婦のお宅だ。息子が結婚して独立して、建て直したばかりの新しい家だ。真珠輝のおかげで大っぴらにお金が使えるようになって、なかなかモダンで豪華な家だ。これが将来のこの島の姿というわけね。

 羽場の爺さんの娘夫婦で、名字は青島。奥さんはお馴染み優子さん。改めて会うと感慨深いものがある。いやあこの旦那さんと奥さんがねえー、若かりし日に命がけで……ムフフ。長太郎爺ちゃんには申し訳ないけれど、夫婦仲良さそうだし、二人にとっては良かったんじゃないかな?

 二人はもちろん白樹様の熱心な信者で、お社様、ユイ様は、頭の上がらない命の恩人だ。その二人と実はイマイチ仲のよくないユリエ様だが、ヘビ様の身内に頭の上がろうはずもなく、表向きは歓待してくれた。この様子じゃあ祖父さまからホテル襲撃の話は聞いてないだろう。

 わたしはユリエママにぬるぬるを洗い落とした携帯を返してもらった。幸い衝撃にもぬるぬるにも負けず正常に動作した。

 話したそうにしているのでブッチーの話を聞いてやることにする。冷蔵庫の中身を全部食い占める勢いでバリバリモリモリ食べまくりながらである。ブッチーは多少頬がこけたような気もするが、気のせいだろう。そもそもねー。

「ブッチーさん。なんで生きてるんです? マムシに噛まれて瀕死の重体だったじゃないですか?」

「まったくもってそうである。正確にはおそらくマムシではないである。わしを噛んだのは白蛇であったである。マムシの毒ならもっと早くに快復できていたである。わしはあらゆる自然の毒に耐性があるである。フグの肝臓を食っても死なない体である」

「うへえ〜〜。普通の人は食べたら120パーセント確実に死にますから絶対真似しないでくださいってテロップ入れなきゃならないわよ。あんたも十分化け物じゃん? まあよかったけどさ。わたしのバイト料忘れないでよね?」

「上手くいけばミセスからボーナスがたんまり出るである。わしもこの島に来てだいぶ事情が分かったである。『真珠輝』のコラーゲンの出所は、ガマの油ならぬ蛇の脂である。そうであるな?」

 ジロッとブッチーの細い犯罪者の目に睨まれて工場長はかしこまった。

「その通りですが、まあイメージが悪いから大っぴらには出来ないだけで、検査では何も問題のある物質は検出されてません。安心してお使いいただける自然の製品であるのは嘘じゃありません」

「それは問題ないである。ミセスは美にプラスの物ならどんな物でも積極的に採用するであるからして、蛇の脂だろうと問題視しないである。ただ、ちいと蛇臭さが抜け切れておらんであるから、なおいっそうの品質改良は必要である」

「はあ。努力していきます」

「それはよいであるが、おかげでわしは謎の白蛇に噛まれてひどい目にあったである。死ぬかと思ったである」

「9割以上死んでたわよ? 実はゾンビなんじゃないかって今も疑ってるわよ?」

 わたしのツッコミを軽くビールで流し込んでブッチーの話は続く。

「わしを蛇に襲わせたのは副社長である。辺干医院の藪医者もグルである。工場長殿は、いかがであるかな?」

 工場長さんはブルブル首を振って手を振った。

「めめめ、滅相もない! わたしにそんな度胸のないのはユイ様もご存じで」

 奥さんも

「この人、真面目だけが取り柄で工場長なんて任せられていますんで」

 と援護した。麗しき夫婦愛だ。若い頃は…ってもういいわね。

「実はそれはもう知っているである。先ほど事務所に乗り込んで副社長をとっちめてやったである。ついでに色々聞き出したである。そこで監視カメラの映像を見て、マイちゃんが危ない状況なのを知って慌てて駆けつけた次第である。しかしさすがのわしも病み上がりの体でかなりきつかったである」

「ありがとうございました。その節は布袋様が降臨なされたのかとたいへんありがたかったです」

 と、わたしは拝んでやった。

「しかしよく無事でいられたものである、と思ったのであるが……。まあその話はまずはそちらでゆっくりするがよいである。ところでマイちゃんは下賀池長太郎殿にはお会いなされたであるか?」

「うん。会った。それよ!ママ! 長太郎爺ちゃんたち、ホテルに行ったはずなんだけど、どうなったの?」

「さあ?」

 とユリエママは首をかしげた。

「わたし結果見ないであなたたちの後をつけていったから」

「どういうこと?」

「うん。身代わりのダミーを置いておいたの。どうなったのかしらねえ?」

 (※後の追記:この時間まだホテルの突入作戦は決行されていない。現在9時)

「ダミー? 布団に座布団丸めて入れておくとか?」

「ううん。もっと本格的な物。わたし似のマネキン人形に脱皮した皮を被せた物。かつらもね」

「脱皮するんだあ? …わたししたことないなあ。ずいぶん準備がいいのね?」

「マイちゃんの口振りからピーンと来てね。自分の弱点を考えると、多分低温だろうなって。そうすると、手っ取り早いのは……液体窒素じゃない?」

「当たり! 頭いいね?」

「ふふうー。ダミーは今作った物じゃなくて、ある目的で以前作ってみた物なんだけど、これじゃあ駄目だろうなあって保管しておいたのを運び込んだの。部屋の灯りはタイマーで時間になると点いて、時間になると消えるようにしてあるの」

「そっかー……。どうしよう? ユリエママはわたしたちの味方、ってことで、完全にいいんだよね?」

 ユリエママはうなずいた。わたしはほっとしたが。

「じゃあ爺ちゃんにそう伝えた方がいいかなあ? 危ないのはユリエさんじゃなくてモモカの方だ、って?」

 ユリエママは首を振った。

「それは、しばらくないしょにしておいて。ダミーが上手くいって、わたしを冬眠させたと思い込んでくれるならその方が都合いいから」

「なんで?」

「敵はユイよ? わたしがやられたって思わせておいた方が動きやすいわ。

 モモカはわたしの見張り役よ。カグヤちゃんには既にユイの子蛇が仕込まれていた。ユイ自身があまり接触していないみたいだから、子蛇の器官への変態は進んでいないけど。モモカの手前もあってわたしはムツミちゃんに子蛇を仕込まなければならなかったの。あなたはユイをスパイしている疑いがあったから泳がせておくって口実で助けられたの」

「なるほど。じゃあ、ママはユイに反抗する気?」

「ええ。別にユイをやっつけようというんじゃなくて、白樹様に生け贄の娘を食べるのをやめさせたいの。わたしの脱皮した皮を被せたマネキンは、白樹様が人間を食べた気になって満足してくれないかと思って作った物なの。どうせ丸飲みで味なんて分からないんだから。人間を食べたいっていうのは気分的な満足なのよ。でもやっぱりマネキンじゃ駄目ね。生きた人間じゃなくちゃ満足しないわ」

「ふうーん。やっぱりママっていい人だったんだあ。嬉しいなあ」

「ありがと。でもね、蛇の血がうずくっていうのは本当よ? わたしはもうずっとこっちで白樹様から離れているからいいけれど、やっぱり白樹様の目覚めが近づくとおかしくなるの。美味しそうな女の子への欲望が抑えられなくなっちゃうのよ」

「ママの場合それって別の意味なんじゃないの?」

「そうやって自分を誤魔化しているのよ」

「へ〜〜。ま、そういうことにしておきましょうか。じゃあユイは危ないの? 今東京の大学に通っているじゃない?」

「そうね、真珠輝プロジェクトの為ね。わたしもどうかな?と期待したんだけど、かえって性悪になってるじゃない? 蛇の性質に人間の悪知恵。もはやユイは身も心も一族の中で最も白樹様に近い存在になってしまったわ」

「ユイ自身が白蛇の怪物になっちゃってるんだ……。爺ちゃんがユイたち白金の女たちは白樹様といっしょに生け贄の娘を食べているかも知れないって言ってたけど…………」

 ユリエママは残念そうにうなずいた。

「そうね。あの子たちの様子を見るとそうかも知れない。ユイが東京からあなたたちを連れてきたのも、自分が美味しい女の子を食べたいからじゃないかしら?」

「じゃあ白輝島から返されたわたしやナユハさんは美味しそうじゃなかったってこと?」

 それはそれで失礼しちゃうわね。ユリエママは笑って

「一度に全員はもったいないから後のお楽しみに取ってあるのよ」

 と慰めてくれたが、イマイチ説得力を感じない。

「アイリさんやウララさんたち、無事でいるかなあ…………」

 島がそこまで危険なところならなんとしても引き止めるべきだった。

「少なくともまだ食べられてはいないと思うわ。白樹様はまだお目覚めになっていない。白樹様の前に自分たちが生け贄を食べてしまうことはないでしょう」

「目覚めてないって分かるの?」

「ええ。わたしも元々はお側で長らく使えていた巫女ですからね。目覚めればテレパシーみたいに感じるわ。でももう間近よ? この2、3日中には確実にお目覚めになるでしょうね」

「じゃあ一刻も早くみんなを救いに行かなくちゃ。長太郎爺ちゃんは今夜ママの捕獲に成功すれば漁師のおじさんたちといっしょに明日にも白輝島へ白樹様とユイたちを捕獲に向かうはずよ?」

「そうであるか」

 ブッチーがどんだけ食ったんだか、ようやく満足したようにご馳走様と手を合わせた。

「わしはホテルに行ってそれとなく様子を見ておるである。その上で長太郎殿と会ってわしもあちらに協力するとしようである。こちらのことは上手く誤魔化しておくであるから心配ご無用であるである」

 ブッチーは立ち上がるとさっさと玄関に向かい、わたしたちも見送りに行った。

「無理しないでね? 死んでるのが当たり前の身なんだから」

「胃袋が満たされればすぐに全回復するである。わしの胃袋は最強である」

 では、とお辞儀してブッチーは出ていった。

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