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03,白い粉末

 全国5都市巡回の「プチセレ・キラカワフェスタ」最終回は東京。もちろん2日間とも大盛況。

 プチセレ専属モデルたちによる特別ファッションショーも大人気。

 既に最新7月号が発売され、新しく専属モデルになったユイも既にお馴染みで、元々テレビCMでにわか人気の彼女を「どの程度のものか見てやろうじゃないの」と目の肥えた東京カワイイガールズたちが大挙してランウェイに詰めかけていたが、テレビ、写真通りの美白ぶりに思わず口がポカンと開いてしまい、「ユイちゃんステキー!」とすっかりファンになってリスペクトの声援を送った。今回先輩たちといっしょに最初からフル出場のユイも余裕を持って笑顔で声援に応えながらバッチリプロモデルの仕事をこなした。


「綺麗だけど残念なお馬鹿さん」


 というのがCMの彼女の印象で、素人丸出しのセリフ棒読みと、「なのおー」と語尾を伸ばすわざとらしさで失笑を買ってしまうが、とにかく狡いくらいに白くて綺麗で、人目を引かずにおれないルックスをしていた。顔立ちとしては十人が十人とも「美人だ」と認める癖のないノーマルな美人顔で、色の白さもあっていかにも京の都が似合いそうなお嬢様だ。

 彼女がCMを務める「真珠輝」は発売されて1年にも満たない新商品で、製造販売している「株式会社 真珠輝」もまったく無名の新しいメーカーで、ホームページによると長崎県に本社、製造工場配送センターがあるようだ。

 CMで彼女が

『わたしは子どもの頃から毎日使ってます!』

 と言っているからその地元の子なのだろう。



「え〜〜〜っ! ユイ、『真珠輝』の社長さんの娘さんなのお!?」

 ショーも無事終わって、地元東京とあってモデルたちがのんびり疲れを癒している控え室で、すっかり大親友になっているカノンが大声を上げて驚いた。他のモデルたちも興味深そうに注目した。カノンは周囲を気にすることなく大きな声で続けた。

「じゃあ、本物の社長令嬢? うっそー、いいなあーー」

 また、チッ、と舌打ちの音が響いた。

「ったく、相変わらずわざとらしいな。アイリに取り入っていたと思ったら今度は社長令嬢様か?」

 カノンはしらっとした目でシズカを振り返った。

「あーら、なんのことかしら? アイリさんはわたしの永遠のカリスマよ? 乗り換えるなんてぜーんぜん思いもしないわ。ねー?」

 と、カノンは思いっきり媚びを売った笑顔を奥のアイリに傾けた。アイリはスマホを操りながら

「別に」

 とボソッと、顔も上げずに言った。カノンはユイにあらあらと首をすくめてみせた。

「けっ」

 面白くなさそうに言うシズカは無視。二人の険悪な関係にユイは困った愛想笑いを浮かべ、ふと漂わせた視線がウララと合って、二人で苦笑しあった。

 マネージャーがすっかり肩の荷が下りたような晴れやかな笑顔で入ってきた。

「みんな、ご苦労様。わたしたちの仕事は無事終わりました。つきましては簡単なお疲れ会の席を設けてますので、ファンの子たちに気づかれないようにこっそりと、裏口から出発したいと思いますので、準備お願いします」

 はーい、と返事して、モデルたちは自分のバッグを持って部屋を出始めた。

 アイリ一人だけ椅子に座ったままスマホをいじくり続けていた。ウララが見とがめ声を掛けた。

「アイリ。行くわよ?」

「はあーい。今行くから、どうぞ」

 上の空の返事にどうもご機嫌斜めだなと困った顔をして

「お願いね?」

 とだけ言って廊下に出ようとした。廊下に向き直ったところで目の前に白い顔があって思わず「わっ」とびっくりした。スマホをいじっていたアイリもチラッと視線を上げた。

「あ、すみません」

 白い顔の主、ユイが恐縮して頭を下げた。ウララは笑って、

「あー、びっくりした。どうしたの?行くわよ?」

 と促して、ドアを閉めると、歩き出した。みんなから少し遅れて歩きながら、ユイはこっそり訊いた。

「あのおー…。カノンさんとアイリさん、上手く行ってないんですか?」

 それが自分のせいであるかのように心配するユイにウララは

「うーん……」

 と、人のいい顔を困らせた。

 カノンが先輩のカリスマモデル、アイリのフォロワーであるのはプチセレ読者の女子なら誰でも知っている。

 二人は顔も背格好も姉妹のようによく似ている。写真によってはどっちか迷ってしまうくらいだ。

 アイリは中学生の頃からモデルをしていて、そのかわいさ、綺麗さで、女の子たちの胸をキュンとさせ、この5年間は「女の子がなりたい顔ナンバー1」の座を不動のものとしていた。現在21歳。

 遅れてプチセレ専属モデルとしてモデルデビューしたカノンの「そっくりぶり」は女子たちを驚かせ、「双子の妹なんじゃないか?」と憶測されたが、赤の他人である。生まれたての猫族のような大きな目の、見る者全ての攻撃力を0にしてしまう破壊的かわいさ。その顔つきや表情、髪型、仕草まで丸コピーで、本人も「アイリさん大好き! 彼女になりたい!!!!」と開けっぴろげにファンアピールをして、積極的に自分がコピーであることを宣伝した。カリスマアイリのファンからは反発もあったが、当のアイリが自分の「妹」としてかわいがっているようなので本人公認のそっくりさんとして認めざるをえず、同じくアイリに憧れる女子たちの共感を得て彼女自身人気者になっていった。

 実状はどうだったのだろう?

 困った顔のウララは

「アイリはすごくプライドが高いのよ。自分が絶対にナンバー1だっていう自信があるから真似されたって『どうぞ』って感じでまったく気にしていない態度を取るんだけど……」

 と、困ったように言葉を濁した。自分もモデルだから分かるが、女の子のかわいさが本当に光り輝いている時間は限られている。圧倒的な人気を誇ってきたアイリに、最近は2つ年下のカノンが迫ってきて、本人を乗っ取ってしまいそうな勢いだ。カワイイ女子にとって時は残酷なのだ。

 ウララは気持ちを切り替えて明るく言った。

「ま、大丈夫よ。アイリは強い子だから。じきにステップアップして『大人の綺麗な女性』に変身するでしょう。ま、プチセレのためにまだまだカワイイ女の子でいてもらわないと困るけどね」

「そうですね」

 ユイもほっとしたようにウララといっしょに笑った。



「チッ」

 がらんとした部屋に舌打ちの音が響いた。ここにシズカはいない。舌打ちしたのは、アイリだ。面白くなさそうにスマホをバッグに放り込み、普段決して人には見せない刺々しい顔で立ち上がった。

「むかつくわね、あの女」

 誰のことを言っているのだろう? カノンか? ユイか?

 思い切り不機嫌にバッグをひっ掴みドアに向かおうとしたが、ふと、テーブルに入れられた椅子の上に巾着のバッグが載せられているのに気づいた。

「あの子のだわ」

 アイリは常にモデルたちの服装、髪型、メイク、持ち物をチェックしている。この抹茶色の巾着バッグはユイの物だ。

「間抜け」

 ユイはもう一つあか抜けない大きなバッグを抱えていた。こっちのサブをうっかり忘れたのだろう。知らんぷりして気づかなかったことにしようと思ったが、忌々しく、どうしても気になることがあった。


 今日のカノンが、白く、綺麗になっていたのだ。


 朝、顔を合わせて「おはようございまーす」とやたら晴れやかに挨拶されて、内心ギョッとした。以降それとなく観察していたが、カノンの白さに気づいて声をかけたのが白塗りお化けのカグヤだ。いったいどれだけ美容液に金をかけているんだという美白を通り越して幽霊になってしまっている勘違い美白馬鹿だが、そのカグヤが、

「あれえ? カノンちゃん、すごく白くなってるうー。何使ったのお?」

 と、さっそく美容液フリーク丸出しで言い寄ってきた。

「えー?そう? うふふう、秘密」

 上機嫌のカノンに、

「ええー、やだあー。意地悪しないで教えてよお?」

 と、頭の中まで美容液に浸ったような幼稚な女子高生口調でへらへら媚びを売ってやがる。さっさとオーバードーズで顔面崩壊起こして目障りなお化け顔をわたしの前から永遠に消しやがれ!

 こいつはシズカの子分だからあいつのいる前では毛虫みたいに嫌ってるカノンに話しかけられないのだ。まだご出勤していない今とばかりにまとわりついてやがる。カノンは得意になってじらしてやがる。まったくむかつく女だわ。

「分かってるわよお、『真珠輝』でしょう? でもわたしも使ってるけどそんなに白くならないよお?」

 それ以上白くなってどうする? マジ漂白だぞ?

「ねえねえ、ユイちゃんに何か特別なのもらってるんでしょう? 分かってるんだからあ?」

 ユイもまだ来ていない。新人のくせに社長出勤とは舐めてやがるわね。それにしても白金ユイ、あの女の肌は……、同じ白でも人造人間のカグヤとは全然違う、まさに天然物の真珠の輝きだ。いったいどうしたらあんな肌が手に入るのかしら? まったく、…………むかつくわ。

 カノンはほくそ笑んで周りに目をやりながらカグヤを手招き、耳に口を当てて何やら囁いた。カグヤは大げさに、

「やっぱりいー! いいなあー」

 と羨ましがった。

「ねえねえ、わたしもユイちゃんに……」

 ガチャッとドアが開いて、シズカ姉御のご登場だ。カグヤは慌ててカノンから離れて

「シズカさん。お早うございます」

 とおべっかを使い出す。みじんのプライドもない情けない女。

 その後ユイもやってきて全員揃い、ショー用のメイクをアーティストにやってもらったが、気に入らないのは、いつもわたしの真似ばかりするカノンが、今日はユイの真似をしていたことだ。ユイは元から肌が白いのでファンデーションなどまったく塗らず、リップを塗って、目の表情を少しはっきりさせる程度のナチュラルメイクだ。こっちは顔が濃いからショーの強い照明の下ではかえってしっかりメイクしないとちょっとした肌のくすみが隈のように見えてしまうのだ。腹立たしい。カノンの奴め、無謀にもユイとそっくり同じナチュラルメイクをしてもらっていたが、それが見られるようになっているから悔しいじゃないの?

 たった1週間であの肌の白い輝きは何?

『まずは3日間、あなたのお肌で体感してみて!』

 ですって? 使ったわよ、3日間お試しセット。確かに良かったわよ、ツルツヤもっちりスベスベよ、6ヶ月契約しちゃったわよ。でも、わたしはもう3ヶ月も使ってるのにたった1週間のカノンみたいには白く輝かないじゃない!? いったいどういうことよ!?

 そのカノンとユイはしょっちゅう顔をくっつけてこそこそないしょ話してはくすくす笑っている。ああ嫌らしい、このレズカップル!

 ……くそ、わたしが先にユイに話しかけてお友だちになってやろうと思っていたのに、あの真似っ子カノンめ、先を越されたわ。今さらこっちから声をかけるなんてわたしのプライドが許さないじゃない。あの気の利かない新人め、さっさと声かけてきなさいよ? もうっ!


 何か特別の…………


 この巾着バッグの中に何か秘密のブツがあるのじゃないかしら…………


 椅子を引き、バッグを持ち上げたアイリは、ドキドキしながら、巾着の口を開き、中を覗いた。

「それ、わたしのです」

 突然耳の後ろで言われてアイリは

「きゃあっ」

 と実に女の子らしい悲鳴を上げて両腕バンザイで飛び上がった。ぎっくうーと振り返ると、

「驚かせちゃいました? すみません」

 と、ユイが笑っていた。

「い、いつの間に?」

 見るとドアが開いたままになっていた。長い回想に夢中になって気づかなかったらしい。それにしてもまったく気配を感じさせないとはおまえはくノ一か?

「あのー……」

 ユイに困った顔で笑いかけられ、アイリは握りしめた巾着バッグにはっとなった。

「あ、あっそう、あなたの? だ、駄目じゃない、忘れていたわよ?」

 怒ったように突っ返した。胸がドキドキして声が震えてしまう。このカリスマアイリがこれほど動揺してしまうとは……悪いことは出来ないものだわ。反省。

「すみません。気を付けます」

 バッグを受け取ったユイは恐縮して頭を下げた。

「あのー」

「なによ?」

 まだ胸のドキドキしているアイリはつんけんして言った。

「よろしかったらアイリさんもお試しになります? うちの自家製サプリなんですが」

 ユイが巾着の口から取り出した小瓶にアイリは目が釘付けになった。

「それが……カノンにあげた特製の?……」

「はい」

 アロマ液を入れるようなほんの小さな小瓶に砂糖のような白い粉が入っている。普通のコラーゲン粉末なら数百円程度の物だが……

 ユイがスッと顔を寄せてきて囁いた。

「特別製で多くは作れないんです。こっちに持ってきたのはこれっきりで、アイリさんにあげる分しか残っていないんです。他の人には内緒ですよ?」

 小瓶を差し出され、

「わ、分かったわ」

 とアイリは受け取った。

 これが、美白の元…………

「よかった、アイリさんに受け取ってもらえて」

 ユイが赤い唇にニイッと象牙色の歯を覗かせて笑った。

「わたし本当はアイリさんの大ファンなんです。あ、でもカノンさんには内緒にしてくださいね? 変に恨まれると困りますから」

「いいわ。わたしの心にだけしまっておく。わたしたちは秘密のお友だちよ? それでいいわね?」

「はい」

 ユイはニッコリ笑った。

「憧れのアイリさんとこんなに近くでお話しできるなんて夢みたい!」

「そう?」

 確かにずいぶん近いわね。この子、近眼かしら?

 ユイが笑顔のままスーッと後ろに下がった。動作の一々がやけにスムーズな女だ。

「それじゃあお先に。カノンさんに怪しまれますので」

 ユイはニッコリお辞儀して廊下へ出ていった。

 アイリは握りしめていた小瓶を目の前に掲げ、中のさらさらした白い粉を眺めた。

 うふふふふ、と思わず笑みが漏れてしまう。

 ぶわーか。これでわたしのナンバー1の座は安泰よ。ざまあみろ。あはははははははは。

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