02,プチセレブな女の子たち
5月日曜日。中部地方の某都市。
ロックコンサートなども行われるアリーナは前日土曜日より10代20代のおしゃれ女子たちで芋煮状態でにぎわっていた。4月末のゴールデンウィークから全国5都市で巡回されている「プチセレ・キラカワフェスタ」の第4回展が開催されているのだ。
ハイティーンからヤングトゥエンティーをターゲットにした女性ファッション誌「プチセレ」主催の、誌上でお馴染みのブランドが多数出展するファッション衣類小物の展示販売会で、会場だけの限定品も多数出品とあっておしゃれに敏感な女子たちがこのようにわんさと押し寄せているのだ。
前日もにぎわったが最終日の今日は特に入場制限をしなければならない盛況ぶりだ。
彼女たちのお目当ては午後から開催される「プチセレ」専属モデルたちによるファッションショー。憧れの「キラキラカワイイ」モデルたちを生で見られるとあって女性たちのおしゃべりのテンションも高く、会場はショーの開催を前にそれはもう大騒ぎなのである。
特に今回はシークレットの特別ゲストモデルが登場するという噂で、会場の女の子たちは、「プチセレ」を卒業してテレビで活躍するあのタレントさんかしら?、テレビで活躍するあのおしゃれ女優さんかしら?、テレビで活躍するあのカリスマアーティスト様かしら?、とシークレットな噂に想像を膨らませ、少しでも近くで見ようとこの時ばかりは限定商品もそっちのけで会場中央にステージから伸びたランウェイに我先に張り付き、ショーのスタートを今か今かと待ちわびているのだった。
FMラジオのDJを務める女性MCが登場し、一気に場が静かになった。
「ワアーオ! 女の子パワーをビシビシ浴びてわたしもテンションアゲアゲです。
お待たせしました、ビューティホレディス・アンド・プリティガールズ、
『プチセレ・スペシャル・ファッションショー』の開始です!」
JーPOPヒットナンバーのおしゃれテクノバージョンのBGMに乗ってモデルたちが颯爽とステージに登場した。
会場に集まる女の子たちもモデル顔負けに綺麗にかわいくメイクし着飾っているが、その女の子たちが彼女たちが登場した途端狂ったように
「キャーーーーッ!!」
と悲鳴に似た歓声を上げた。
ステージのモデルたちは笑顔でポーズを取り、次々、軽やかなキャットウォークでランウェイを進み、左右の女の子たちにサービスのスマイルと軽い手の挨拶を送りますます会場のテンションをあおった。
お客さんの女の子たちも綺麗でかわいい子がたくさんいるが、やはりプロのカワイイモデルたちは放つオーラが違っていた。もちろん顔もスタイルも綺麗な子ばかりだが、表情や仕草に「かわいい」自信が溢れて、憧れる女の子の瞳にキラキラドリーミーに輝き、とても魅力的だ。
ああ、わたしも彼女たちの仲間になりたい……。
そう夢見る女の子たちがたくさんいる。気合いを入れてメイクして着飾ってくる彼女たちは、会場を訪れているであろう関係者の目に留まってモデルにスカウトされるのを大いに期待しているところもあるのだ。しかし実際に本物を目の当たりにすると、そんな夢もしぼんでシュンとなってしまうが、でも、彼女たちはキッと視線を上げて周りの女の子たちに負けない声援を憧れのお気に入りモデルに投げかける。
大好きよ!
プチ=ちょっと身近なおしゃれセレブモデルたちは、実はすごく遠い存在だけれど、やっぱり彼女たちの夢を体現する存在なのだ。
わたし、あなたになりたい! なれないけれど、わたしの人生の中できっとあなたみたいに輝いてみせる!
涙を浮かべて感動しながら彼女たちは自分のおしゃれ道に決然と誓いを立て、憧れの存在に精一杯のリスペクトを送るのだ。
ファッション雑誌「プチセレ」の専属モデルは現在10人。
ショーは他のプロモデルも交えて15名ほどで3パターンずつ衣装を替えて登場しているが、ショーが終盤に差し掛かっていると思われても噂の特別ゲストモデルは登場していなかった。ガセだったのかしら?と女の子たちは半分くらいがっかり諦めかけていたが、そんなところへ狙っていたとばかりにアナウンスがあった。
「ここでスペシャルモデルの登場です。さあ、誰が登場するでしょう? どうぞー!」
再び静寂の中期待のこもった熱い視線がステージに集まった。
ふわっとした半袖ミニスカートのサマードレスを着て現れたモデルに、会場は一瞬『え?』と疑問に包まれた。白い生地に大きな黒い四角をギザギザに崩した模様が散らされたざっくりした印象のドレスをまとい、にゅっと伸びた長い手足の肌が白い生地以上に真っ白だ。確かに最近よく見るような気がするけれど、誰だろう? そんな会場の微妙な空気を感じてか、腰に手を当てた基本ポーズを取る彼女の笑顔が多少強張って見える。誰だろう?その疑問にMCが答えた。
「今巷で話題のコラーゲンサプリ『真珠輝』。この会場でも愛用している女子が多いんじゃないですかあ? そのCMに出演して一躍脚光を浴びているのが彼女!、19歳の女子大生、白金ユイさん」
会場からもああ!と納得した声が上がった。
「実は彼女、今週発売の『プチセレ7月号』からプチセレ専属モデルの仲間入りすることになりました! 皆さん、よろしくお願いしまーす!」
わあーーっ!と一気にテンションが上がり、プチセレトップモデル、アイリとカノンが左右から笑顔で彼女の肩に手を置き寄り添うと、女の子たちは最高に盛り上がった。新しいシンデレラの誕生だ! 羨望のため息をもらす子もいたが、ちょっぴり悔しそうにしながら祝福の拍手を送った。会場全体が味方に付いてくれ、白金ユイも満面の笑みになって白い歯をこぼれさせ、アイリ、カノンに送り出されてランウェイを歩き出した。
均整の取れたきれいなプロポーション、お嬢様っぽい上品な顔立ち、何よりも、内から透明に輝く真っ白な肌。
すぐ間近から見上げる両脇の女の子たちも、実物の本当に宝石のように白い肌に、改めて驚愕の目を見張った。
ランウェイから戻ってきたユイを専属モデルの仲間たちが勢揃いして迎えた。新しい、笑顔こぼれるプリンセス、ユイを中心に、手をつないで揃ってお辞儀して、大成功の内にファッションショーは終了した。
舞台裏、フィッティングルーム。
メイク衣装係入り乱れて戦場のような騒ぎが終わって、まだみんな興奮気味にショーの成功を喜び合っていた。モデルたちは衣装から着替えると「お疲れさまでしたー」とにこやかに挨拶して自分たちの控え室に帰っていった。
専属モデルの10人は自分たちの部屋に帰ってきてプライベートに立ち返ると、彼女たちの間の空気が微妙に変わる。
私服に着替えて帰り支度をしているところ、女性のマネージャーに付き添われて白金ユイがやってきた。
「皆さん、ご苦労様でした。そう言うわけで、皆さんにもサプライズでないしょにしていましたが、今日から、皆さんの仲間になります白金ユイさんです。どうぞ仲良くしてあげてくださいね」
マネージャーの紹介を受け、ユイが笑顔で挨拶した。
「白金ユイです。皆さん、よろしくお願いします」
お辞儀して顔を上げると、
「よろしくー!」
と飛び出してきて両手でユイの手を握りしめる者があった。ステージでも脇に付いてくれたトップモデルのカノンだ。
「カノンでーす。よろしくねー?」
「あ、はい! カノンさん。感激です! よろしくお願いします!」
フレンドリーに接してくれる憧れのモデルにユイは嬉しくてしょうがないように育ちの良さそうな綺麗な顔をほころばせた。ところが。
「あーあ、またカノンだよ」
なんとなく水を差すような冷ややかな声にカノンはムッと振り返った。
「なあに、シズカさん。また、あなた?」
チッと舌打ちする音が響いた。
「あんたのそのいい子ぶりっこの打算的な態度がむかつくんだよ」
「あーらあら、シズカお姉さんたら、やあねー、お友だちへの好意をそんなひねくれた目でしか見られないなんて。あーあ、尻に火のついた年増は醜いわねえ?」
「なんだってえ!?」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、シズカはカノンを睨み付けた。一方のカノンは柳に風と薄笑いを浮かべて受け流す構えだ。どうやら犬猿の仲の様子の二人に新人のユイはおろおろ顔を青くした。「まあまあ」とマネージャーがなだめても、
「ブリブリ女」
「おばさん一歩手前」
と両者のにらみ合いは続き、どうやらかっとしやすい性格のシズカは具体的に手の出そうな雰囲気だ。
仲間に「ウラ姉」と肘でつつかれたウララがため息をつきたそうに立ち上がり、困った笑顔で
「まあまあ二人とも」
と間に入った。
「新人さんを困らせてどうするのよ? ごめんなさいね、ユイちゃん。喧嘩するほど仲がいい、ってことで、ね?」
仲間内のスキャンダルを揉み消すように手を合わせて上目遣いでお願いされて、ユイも苦笑を返した。
「ウララさん。シズカさん。これからどうぞよろしくお願いします」
改めて丁寧にお辞儀され、ウララは人が良さそうにニコニコして、シズカはばつが悪そうにそっぽを向くと
「もっと馬鹿丸出しの子かと思ったら、なかなか出来た子じゃない」
と聞こえるようにうそぶいた。ウララは口に手を立て、
「シズカはね、口は悪いけど本当は情に深いいい奴なのよ」
と、これまた後ろにも聞こえる声で言い、シズカは赤い顔でフンと完全に後ろを向いてしまった。マネージャーはほっとした笑顔でウララにお礼を言うようにちょこんと頭を動かし、
「それじゃあね、みんな、よろしく。ユイちゃんにはいろいろお話があるから今日のところはこれで。みんな、お疲れさまでした」
マネージャーといっしょにユイがもう一度お辞儀して部屋を出ていこうとすると、カノンがその腕を取って言った。
「ねーえ、ユイちゃん…」
その白い肌に手を当て愛しそうに撫でながら、
「CMで言ってるサプリって、本当に飲んでるの?」
と、上目遣いでじっと目を覗き込んだ。
「はい。本当に毎日飲んでますよ?」
「そう……」
カリンはユイの腕を撫で回し、なかなか放そうとしなかった。ネチネチした熱っぽい声で、
「いいわねえ。本当に効くんなら、わたしも使ってみようかなあ…………」
どういう思惑があるのか、またじいっとユイの目を見つめた。ユイはべたべた肌を撫でられるのをどう思っているのか顔には出さず、カリンの耳に口を寄せるとそっと言った。
「わたしは製品じゃないのを使ってるんです。特別の、自家製を。興味があるなら、今度お分けしますよ?」
カリンはニイーッと笑って囁き返した。
「約束よ。絶対だからね?」
ユイは答えず、すました笑顔でお辞儀をするとマネージャーを追って廊下へ出ていった。
カリンは満足そうにほくそ笑み、そんな彼女を部屋の奥の席からじっと、彼女と人気を二分するもう一人のカリスマモデル、アイリが、陰険な目で観察していた。