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16,妖しい手つき

 それでは明日は朝から白輝島に出発ということで、浜辺のバーベキューパーティーが終了するとみんな早々にホテルに帰ってきた。

 2人から4人で部屋割りされているのだが、わたしはムツミ、カグヤと3人で泊まっている。

 帰ってきてとりあえずくつろいでいるとホテルのサービススタッフが案内に回ってきた。特別なエステのサービスをご用意しているのでご利用になりませんか?ということだ。人数がお一人ずつ3名様までとさせていただきたいので、ご希望でしたらリラクゼーションルームにおいでいただけますか?とのことで、わたしたちは行ってみることにした。

 リラクゼーションルームはマッサージチェアが並んでいる部屋で、海を眺望しながらマッサージを受けられるたいへん気持ちよい場所なのだが、

「あ”〜〜〜〜〜〜〜」

 と、気持ちよすぎてオヤジ声を出してしまったり、脚を開いたしどけない姿になってしまったり、つい居眠りしてよだれを垂らしてしまったりという危険があるので要注意だ。

 そのとなりにエステルームがあるのだが、これまではまだ準備中ということで閉まっていた。

 わたしたちが来るとみんなもう来ていた。わたしたち下っ端に一番最後に案内が来たようだ。

 誰かと思ったら工場長のおじさんがニコニコしながら説明を始めた。

「わたくしども『真珠輝』はこちらのホワイトパールホテル様と提携いたしまして、お客様に直接体験していただくエステサービスの開発を進めております。実はまだ試験段階なのですが、せっかく有名な人気者のモデルの皆さんが来てくださっておられるので、これは是非ご体験いただき、感想など聞かせていただけるとありがたいところでございます」

 ニコニコして揉み手をしながら言っているが、聞きようによっては未完成品の人体実験で、そんな物を受けて大事なお肌にトラブルがあったらどうしてくれるんだとみんなすっかり興味を失ったようだ。ユイに問いただしたいところだが、何故かユイだけこの場にいなかった。明日のことで実家と連絡しているのかも知れない。

 工場長さんのとなりには施術担当と思われる白衣を着た中年のおばさんが工場長同様ニコニコしながら立っていて、

「気持ちいいですよお?」

 と勧めたが、いかにも力のありそうな丸々太った二の腕と体型を見てわたしはげっそりしてしまった。

 アイリとシズカはエステには大いに興味あるようだが、少なくとも最初の実験台になるのはごめんのようで、視線を交わして互いに牽制しあっている。

「カノン。あんたが試してみたら?」

 シズカに言われてカノンは、

「えー、わたしい? 別にいいなあー」

 と、真っ白スベスベの腕を撫でて興味なさそうに言った。シズカはキイ〜ッと猫が毛を逆立てたみたいな顔になった。アイリも誰か候補者を捜した。

「カグヤさん。あなたは? 大好きでしょ、こういうの?」

 カグヤはうーん…と考えて、

「わたしもいいなあ…。明日ユイちゃんに作り方教えてもらえるし」

 と、珍しく乗り気でない。アイリもシズカも苛々して生け贄を物色した。わたし……は真っ白だからパスされて……

「ムツミちゃん」

 アイリに目を止められてムツミはビクッと震えた。

「あなた受けなさいよ? あなたが一番打ってつけじゃない?」

 意地悪な言い方だが、確かに、ムツミが一番色黒で、肌が荒れている。

 工場長にも目を止められ、

「是非」

 とニコニコ勧められた。

 どうしよう?とムツミはわたしに不安そうな目を向けた。「はーい」とわたしは手を挙げた。

「いっしょに見学していていいですか?」

 工場長はえー…と考え、

「お一人くらいなら平気でしょう。どうぞ」

 と答えた。わたしがいっしょとなってムツミは安心し、エステへの興味を前向きに示した。

 ガチャリとエステルームのドアが開いた。

「最初のお客様は決まりましたか?」

 わたしは、チッ、自分が立候補するんだったぜ、と思った。

 白衣を着て現れたのは、真っ白な輝く肌をした、20後半か30頭くらいの、まつげの濃い猫みたいな目をした妖艶な美女だった。ツインピークスもムツミ以上の巨峰だ。

 ちょうどそこへユイがやってきた。

「ユリエおばさん、こんにちは」

 挨拶するユイに笑顔でうなずいた。ユイが紹介する。

「こちらわたしの叔母のユリエさん。母は島から出ることがないから実質的な社長業は副社長さんと社長代行のユリエおばさんがやってるの」

 いきなり大物直々の施術とあってみんなの目の色が変わった。わたしは工場長に質問した。

「あの、お隣の方は?」

「女房です」

 ニコニコ答えてくれた。奥さんご同伴でしたか。多分いっしょに工場で働いているのだろう。エステ部門の部長さん辺りかしら?

「それじゃあ、えーと…」

 最初は誰かな?とユリエさんが妖艶プラス人なつっこそうな笑顔で指をさまよわせ、

「はあーい!」

 とムツミが元気に手を挙げた。わたしもすかさず

「はあーい、付き添いでーす」

 と手を挙げた。

「はい。それじゃあお二人中へどうぞ。全体で1時間の予定ですから、他の方はごめんなさい、それまで待っていてね?」

 ユリエさんに招かれてわたしたちは背中に心地よい嫉妬の視線を浴びながらエステルームに入った。



 ムツミは控え室でビキニに着替えさせられた。ムツミのヌードはお風呂でたっぷり見ているが、生着替えというのはいいものだ。つきそいのわたしはムツミが不安にならないように狭い部屋でもいっしょにいてやる。ま、ユリエさんがあのユイの叔母となれば彼女と二人きりになるのも危険だが。もっとも部屋には助手の女の子が一人いて、彼女も色白のかわいい美人で、是非東京にお持ち帰りしたいほどだ。

 ベッドのある施術室に入ると、

「こっちは助手のモモカ。親戚の子なんだけど、都会に憧れて困っちゃうのよね。あんまり誘惑しないでね?」

 と紹介した。モモカはまだ高校生くらいに見えるが、キラキラ憧れの瞳をわたしたちに見せて、

「ムツミさんとマイさん! わたしプチセレの愛読者で、お二人の大ファンなんです! きゃ〜! 嬉しい! 感激ですう!」

 と、今どきの若い子らしく大騒ぎして喜んだ。こらこらとユリエさんにたしなめられ、

「ではどうぞ、ベッドにまずうつぶせになってください」

 と、ムツミがベッドに乗り、わたしは足の方に離れて見学した。

 ユリエさんはポリタンクから2リットルの大きなビーカーにドボドボと白い半固形の液体を注いだ。

「これ、工場で精製前のまだ脂肪の混じったコラーゲン原液。ちょっと臭うけど」

 と、ユリエさんはうつぶせのムツミの顔の前にビーカーを持ってきて軽く振った。もわっと舞い上がる蒸れた臭いにムツミは顔をしかめた。ユリエは苦笑し、

「ちょっときついけどね。でも、精製の途中で抜け落ちちゃう有効成分がそのままたっぷり入っているから、効くわよ? 明日姉さんの所に行くんですって? あそこは特別だけど、ここのニワトリたちも元気いいでしょう?」

 じゃあやっぱり原料のニワトリが特別なのだろうか? 蛇の身内の言葉はあまりそのまま受け取れないが。ちなみに工場見学では大→中→小とステンレスのタンクが並ぶ精製の過程だけ見て、その前の原材料を加工する過程は見ていない。きっと元気に外をかけずり回っていたニワトリたちがパートごとに分類された、ホラー映画的光景が繰り広げられていることだろう。……白金家の自家製サプリって、最初の段階から自家製なのかな? ちょっと覚悟しておいた方がよさそうだぞ?

 ユリエさんはニワトリのなれの果てのゲル状スープを手に取り、

「お肌に塗っていきまーす」

 と、ムツミの背中にベチャッと垂らし、ビーカーをモモカに渡すと両手で伸ばしていき、追加を垂らさせ、肩から腕、腰からお尻へとまんべんなく伸ばしていった。

「どんな感じ?」

 わたしが訊くとムツミはわたしの方へ顔を向け、

「ひんやりして生の湿布を当てられてるみたい」

 と、いささか緊張気味の笑顔で言った。わたしは笑い返しながら、豚骨ラーメン店の厨房みたいなもわっとした脂肪臭さに辟易していた。これは確かに商品として改良の余地が大いにある。……これ、臭い落ちるのかな?

「女同士だから、いいわよね?」

 ユリエさんはムツミのビキニのパンツをお尻から引き下ろして、丸いお肉に両手を滑らせ、隅々までまんべんなくドロドロの液体を塗りつけた。わたしは、いいなあ……、と思った。パンツを元に戻して。

「成分が浸透するように覆っていきます」

 と、モモカから受け取って見せた物にわたしもムツミもうっとびびった。

 まだら模様も生々しい、蛇の皮だった。

「そ、それ、付けるんですかあ?」

 ムツミが涙声で訊いた。

「うん? そうよ? これが薬液を押さえながら空気を呼吸する、一番いい素材なのよ?」

 ほんとかいな?

 わたしには限りなく嘘っぽく感じられるが、気弱で人を疑うことを知らない純粋なムツミは従順に蛇皮を背中に被せられていった。

「どんな感じ?」

「うーん……」

 言葉にならないほど気持ち悪いようだ。

 ムツミは両腕、両脚にべっちょり白いゲル液を塗りつけられ、蛇皮を張り付けられていった。

「はい、じゃあ今度は仰向けね?」

 仰向けにされたムツミはまたお腹にベチャッと液を垂らされ、ユリエさんの両手で塗り伸ばされていき、

「女同士だから…、いいわよね?」

 何故か妖しく囁くように言ってブラをずらし、ムツミのおっぱいに丸く、指先を繊細に(?)動かしながら液体を伸ばしていった。なんか嬉しそうだなあと眺めていると、ユリエさんがわたしを見て、ニイッ、と妖しく笑った。類は類を知る。この人も絶対わたしと同じ趣味だ。

 下半身に塗布する過程は自主規制。お好きに妄想して?

 ムツミは全身をすっかり蛇皮に覆われ、蛇人間になってしまった。

 残るは……

 ユリエさんは手のひらを撫で合わせ、ここは慎重にムツミの顔にも液体を塗っていった。

「顔もやるんですかあ?……」

 抗議の泣き声混じりにムツミは訊いたが、

「そうよ? これ、本当に効くから、顔だけやらなかったら……、ちょっと面白すぎることになっちゃうわよ?」

 とユリエさんはせっせと顔を撫でていき、すっかり液を塗り終わると、

「じゃあ顔にもこれ」

 と、目、鼻の穴、口、の穴を開けた蛇皮マスクを見せた。ムツミは完全に涙目になってブルブル首を振った。わたしに救いを求める視線を向けるが、う〜〜む、なんとも………

「全然怖くないわよお? ただ載せるだけだから。これで、あなた、真っ白な、プルップル美肌になるわよお?」

 CMみたいなことを言いながら、あーあ、被せちゃった。

「うえ〜〜ん」

 完全に蛇人間になってしまったムツミはとうとう泣いてしまった。この臭いの挙げ句に蛇ミイラにされてしまったんじゃあ泣きたくなるわね。

 ユリエさんは顔を寄せ、あやすように言った。

「ほらあ、平気でしょう? どんな感じい?」

「え〜〜ん……」

 泣きながらムツミは考えているようだった。

「表面はひんやりして……、内側はホカホカ……熱いくらい…………」

「いいわよお。お肌がうんと活性化しているのよ? その火照りがひんやりしてきたら、美肌の完成よ?」

「うん……」

 素直なムツミはこれでいいのかな?とあっさり納得してしまったようだ。蛇皮マスクももうそれほど気にならないようだ。

 じっと観察していると、体を覆った蛇皮が、ムツミの体の形にぴったり馴染んで、生きた皮のように一体化してしまったように見えた。顔もしかりだ。

「ムツミちゃん?」

 わたしは心配になって、胸をドキドキさせながら枕元に歩み寄り、笑顔のユリエに見守られながら顔を覗き込んだ。

 まるでへび少女になってしまったようなリアルなは虫類顔のムツミの目が笑いながらじっとわたしを見つめ、

「マイちゃん」

 わたしに呼びかけると、突然カッと口を開き、湿った息を吐きかけた。

「うっ」

 わたしは顔を引き上げ両手で顔の前の空気を掻いた。

「臭っ……くはない、むしろ甘くていい匂い…………」

 わたしは鼻の奥につーんと脳に染み渡っていくような濡れた蜜の匂いを嗅ぎながら、急速に意識を朦朧とさせていって…………ベッドの下に、崩れ、落ち…………





「マイさん。マイさん?」

 パタパタと頬を優しく叩かれて、なんだかいい匂いがして柔らかく心地よい感触に包まれて

「うーーん……」

 と桃色の夢から目覚めると、わたしはユリエさんの顔に間近から覗き込まれ、その胸に抱きかかえられているのだった。

「うーーん…、お姉さまあー……」

 わたしは寝ぼけているのをいいことにユリエさんのおっきい胸に手を這わせていい匂いのする首筋に甘えた。

「こらこら、目を覚ましなさい」

 呆れたように突き放されてわたしは仕方なくぱっちり目を開けた。

 わたしは床に座り込んで、上半身をユリエさんに抱き支えられているのだった。

「だいじょうぶ?急に倒れたりして? 熱中症かしら? ちゃんと水分採ってた?」

「熱中症?」

 部屋はクーラーが利いて涼しいが、言われてみると喉がガラガラ痛いような気もする。どこからかモモカが帰ってきて、

「あ、マイさん、お目覚め? はい、お水」

 と、ミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれた。

「ありがとう」

 わたしは受け取ったボトルのキャップを開け、水を飲んだ。ああ、美味しい。生き返るわ。

「マイちゃん、だいじょうぶ?」

 ベッドの上のムツミにも心配そうに言われ、わたしはそのへび少女顔にギョッとしながら、

「うん。平気……みたい」

 と立ち上がった。見ると、ムツミの顔と全身を覆っている蛇皮は、まだら模様がくっきり分かるくらい鮮やかだった色がすっかりうす茶色に退色して、ぴったり張り付いていると感じた皮は、ゴワゴワと、硬くしわが寄って浮き上がっていた。

「もうすっかり出来上がったみたいね」

 ユリエさんはメタリックに輝くハサミを取り出し、足首の皮をつまみ上げて、ブツッ、とハサミの先を突き刺した。ジョキジョキとくっついて一枚になった皮を切り開いていく。現れた生脚を見てわたしとムツミは

「まあ!」

 と、驚いた声を上げた。

「本当に、白い…………」

 びっくりだ。宣伝に嘘偽りなく、ムツミの肌は真っ白で、中から光がにじみ出すようにツルツルに輝いていた。ただ、

『臭い』

 もわっと外皮から解放された臭いはやっぱり脂肪臭かった。

「わあ! 見て見てマイちゃん! スベスベピカピカ! それに、もっちりだよ?」

 ほらあ!と、蛇皮を脱皮したムツミは真っ白に生まれ変わった肌を嬉しくてしょうがないように自慢して、わたしに腕を触らせたがった。

「ほんと、すごいわねえ」

 せっかくなのでわたしは大いに感心してあちこちヌード肌を触らせてもらった。ムツミは自分の臭いに気づいていないようだし、わたしも最初のもわっが解放されてしまうとムツミの肌自体からは脂肪臭さを感じなかった。ただし、体の内から蛇の青臭さが漏れ出ているのをわたしの敏感な嗅覚器官は捉えていた。

 蛇皮マスクを取られたムツミの顔も色白美少女に変身していた。

「ムツミちゃん、かわいい」

「えー、ほんとう?」

 ユリエさんに鏡を向けられてムツミも「まあ!」と頬に手を当てて大喜びした。


 ムツミのエステが終了してわたしは、効果はともかく、内容には大いに問題あるだろうと判断して、ムツミの脱皮した全身蛇皮スーツをもらって一足先に外に出た。居残って待っていたメンバーにそれを見せ、ドロドロ脂肪ゲルと蛇皮パックのことを教えた。次に決まっていたのはシズカのようで、わたしの説明に『ゲッ』と思いっきり青くなっていたが、現れたムツミを見て、シズカとその他四名は驚きに目を丸くした。

「はあーい、お待たせしましたー。次の方、どうぞー」

 ユリエさんに呼ばれて

「ハイッ!」

 と、シズカはムツミにも負けない元気な返事をしていそいそとエステルームに入っていった。彼女がこれからどういう目に合うか考えると愉快だが、これって、本当にただのエステなのだろうか?

 ムツミは残りの仲間に囲まれてちやほやされ、もう一枠を勝ち取ったのはお利口さんのユウミだそう。じゃんけんで負けたアイリは思いっきりヒステリーを起こしてブリブリ怒って出ていったそうだ。

 でもね、アイリ。どっちがよかったか、分からないわよお?

 わたしは思いっきり美少女ポイントの上がったムツミを眺めながら、疑いをぬぐい去れないのだった。

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