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12,ジャンピングアタック

 マイです。

 モデル仲間から陰で「人造人間2号」と呼ばれているとです。

 マイです。マイです。マイです……この自己紹介ネタは死滅しているかしら?


 9月号も絶賛発売されて、8月10日間のバカンスを取るために次回10月号の写真撮影を押し押しで敢行中。撮影は南の島でも行うが、あれはファッションの特集ではなく企画だ。10月号よ、10月号。これから真夏に突入しようっていうのに秋物よ。健康にこんがり日焼けしていちゃ絵にならないからバカンス前に詰め込み撮影よ。

 ユイの秘密に迫りたいわたしにとっては都合がいい。

 わたしはナユハグループと見なされているが、実態はウララグループからもシズカグループからも仲間外れにされている者がまとめてそう呼ばれているに過ぎず、リーダーのナユハさんは冷たいものだ。大人だからなあ、ナユハさん。うんと甘えたいのに。線の柔らかい優しい表情をしているくせに、その優しい笑顔で「お疲れさまでした」と軽〜く突き放してくれちゃうのよね。中身は冷蔵庫の「強」並よ。夏の電力不足に配慮して地球に優しい設定にしましょうね?

 まあ実際わたしはナユハさんと組んでの撮影はあまりない。大人のナユハさんはウララさんやシズカと組むことが多い。

 わたしが一番組むのは同じナユハグループのはぐれ者、ムツミだ。一応仲良し美少女ペアというくくりらしい。お馬鹿ちゃんと不思議ちゃんだ。

「南の島バカンス、楽しみだねー?」

 友だちのいないムツミは同じく友だちのいないわたしを友だちと思っているらしく休憩時間によく話しかけてくる。

「ねえ、長崎もマンゴー採れるのかな?」

「さあ? 採れるんじゃない? あんまり聞かないけど」

「わたしマンゴー食べたいなあ、絶対食べたい!」

 ああ、そう。美味しそうね、ピチピチのフレッシュマンゴー、わたしも食べたいわ。

「ねえ? 長崎県の県庁さんって誰?」

「さあ?」

 知らないわよ県庁さんなんて。多分県知事さんなんだろうけれどどっちにしろ知らんわい。

 わたしの不思議ちゃん的どっちらけの無表情に一瞬沈黙するもののすぐまた果敢に話しかけてくる。

「長崎ってオランダ人がいっぱい住んでるんだよね? オランダって英語かな?フランス語かな?」

 ま、比較的多いかもね、オランダ人。ハウステンボスがあるから。わたしも行きたいわ、ハウステンボス。英語しゃべれないから外国に行くのは怖いもの、安全な国内でおしゃれな外国気分を味わいたいわよ。ちなみにオランダはオランダ語でしょうね。ヨーロッパはイギリスとフランスだけじゃないのよ、ドイツもあるからね?

 というツッコミを頭の中で黙々と展開するわたしをムツミは不安そうな目で窺っている。反省反省。お友だちは大切にしなくっちゃ。わたしはカグヤの件で反省してから優しさと寛容の精神を身につけようと心がけているのだ。

「どっちだろうね? ヨーロッパでも英語って日本人が考えるほど通じないみたいだよ?」

「ふうーん、そうなんだ?」

 ムツミは一つ賢くなったように嬉しそうに笑った。ま、かわいいじゃない、素朴で。

 今日の撮影は坂の多いおしゃれな下町でのロケだ。わたしとムツミは出番待ちでユイのソロ撮影を眺めている。もうすっかり慣れたようにナチュラルなモデル笑顔でカメラマンにさまざまなポーズを撮らせている。今日の撮影はこの三人だ。ムツミがため息をついて言った。

「マイちゃんもユイちゃんも白くていいよね?」

 ムツミは色黒だ。元々黒いのだろうが、あまりきれいな肌ではない。もうちょっとモデルらしくお肌のお手入れに気を配りましょうね?と言ってやりたくなるが、わたしは日焼けにさえ気を付けていれば雪女みたいな色白なのであまりお肌の美容には詳しくない。今度カグヤを誘って三人で勉強会兼お食事会でも開こうか?

 そうそう、そのカグヤは前夜心配して大騒ぎしたのが馬鹿みたいに翌朝けろっとして、網走くんだりから青い顔して駆けつけた母親に元気な姿を見せ、せっかく出てきたのだからと東京タワー観光に連れていって親孝行できたと喜んでいた。あそこにはお仲間がたくさんいるものね、蝋人形館。のんきな田舎者め。お母さんにも会ったけれど、さすが親子ね、鄙にはまれな美形だったわよ。整形疑惑撤回。ごめんなさい。

 わたしはちょっと意地悪に悪巧みを思いついて言った。

「ムツミちゃんもカノンさんみたいにユイちゃんから自家製サプリ分けてもらったら? なんだかすごく効くみたいじゃない?」

「うん……」

 ムツミは怖じ気づいたようにうつむき、上目遣いでユイを眺めた。まあわたしも気持ちは分かる。ムツミはムツミなりに同年代でもトップクラスのアイリやカノンには苦手意識を持っているのだろう。ユイもアイリ、カノンと組むことの多いトップクラス扱いだ。今回のトリオは、主演ユイ、共演2名だ。

 わたしはムツミの腕を肘でつついてせいぜい軽く言った。

「頼んでみなよー? ユイちゃん、優しそうだよ? きっと、仲良くなれるよ?」

「そうかな?」

 自信なさそうにしながらお友だちになりたい憧れビームを向けた。ちょうど撮影の終わったユイが気づいてムツミに視線を向ける。わたしはここぞとムツミと仲良しになって笑顔でユイに手を振った。ユイも笑顔で手を振り返してきて、「ね?」とわたしはムツミを勇気づけるように言った。「うん」とムツミも小学生みたいに笑って、しめしめだ。

 やってきたユイを折り畳み椅子から立ち上がって迎え、わたしは言った。

「あのねー、ユイちゃんにお願いがあるんだけど? わたしたちにもカノンさんにあげた特製サプリ、ちょっと、分けてくれないかなあ?」

「ああ、ごめんなさい」

 ユイは苦笑して手を合わせた。

「あれ、本当にもうないの。生ものだから、腐っちゃったの」

「そうなんだあー。残念だねえ?」

 わたしは仲良くムツミと目を交わし合い、ふと、いかにも不思議そうに訊いた。

「あれえ? じゃあカノンさんは何使ってるのかなあ? 白いわよねえ?ユイちゃんとおんなじ?」

 わたしは口許に微笑を浮かべ、目はじっとユイの肌と、目を、見つめた。

 ユイはニッとわたしに挑戦的に笑った。

「カノンさんはわたしと特別のお友だちになってくれたの。二人もわたしの特別のお友だちになってくれるなら……綺麗になれる秘密を教えてあげるわよ?」

「うん! なる! 特別のお友だちになろう?」

 無邪気に好意丸出しで言ってくるムツミにユイは一瞬冷ややかな視線を投げかけ、ニッコリ笑顔に切り替えた。

「じゃあ今度、時間があるときにゆっくりね?」

「うん! 楽しみ!」

 軽くあしらわれたと気づかず素直に喜ぶムツミにユイは馬鹿にしきった笑顔を向けた。

 今日の現場監督はサブマネージャーの香坂望美さんだ。真面目なキャリア志向で、怒らせるとお説教がしつこい。

 香坂マネージャーに呼ばれて三人のセッションが行われた。コーナー扉のイメージ用で、たくさんソロで撮っているユイはあっさり終わった。

「はい、ユイちゃんは次の衣装にチェンジよろしくね?」

「はあーい」

 軽い返事をしてユイが抜け、わたしとムツミは空き時間のついでにおまけの絡み写真を撮り続けた。

 ロケの場合、現場で手頃な部屋が借りられればそこがフィッティングルームになるが、なければ移動のロケバンがそのまま着替え部屋になる。今回はお馴染みのロケ地で、プチセレでもよく紹介される服屋さんの2階ストックルームを借りて、となりの事務室をモデルたちの楽屋に借りている。


 ちょっと、悪戯が仕掛けてある。


 ユイのバッグに、こっそりカエルとネズミを入れておいた。オモチャではない。本物だ。オモチャじゃ悪戯だってすぐばれて犯人探しされてしまう。ゲロゲーロの生きた本物だ。ガスで眠らせてあるが。30分から1時間ほどで目覚めるはずで、その後ぬくいユイのサマーカーディガンの中にとどまるか、バッグの外へ飛び出てくるか、そこは出たとこ勝負。

 蛇を飼う場合のエサは冷凍ネズミがいいんだって。チーン!はしないで自然解凍でほどよく生っぽくなったところで与えるのがよろしい。ウゲ。ぜってえー蛇なんて飼わない。

 こっちは冷凍物じゃなく丸々太った生きのいい養殖物だ。天然物はなんの病気を持ってるか分からなくてバッチイ。

 こんな代物を一介の女子大生であるわたしがどうやって手に入れたかと言えば大学の研究室から失敬したものではなく、提供元はブッチ・熊田だ。ネズミはともかく、ミセス・ビッキーの食卓には食用ガマガエルは日常的に出されるのだとか。ゲロゲーロ。

 さーて、着替えに行ったユイはカエルとネズミに気が付くかしら? 何か大騒ぎが起こると面白いんだけど。



 スタイリストに着替えさせられ、チェックを受けたユイはドリンクを取りにバッグの置いてあるとなりの事務室に入った。狭いところだが机の他ベンチが置かれ、モデルたちが自分の場所を取ってカバン類を置いている。

 ユイはワイン色の大きめショルダーバッグを持ってきている。ユイは昼間の私服はアクティブな赤や緑の色物を好んでいる。真っ白な肌が映えるからだ。今日の私服は黒をアクセントにした濃いめピンク。ワインレッドはスカートに合わせてのチョイスだ。

 バッグの口を開けたユイは思わず眉間にまっすぐの線を2本立てた。

 クリアラッカーをかけた緑茶のガマガエルのリアル3Dフェースがお気に入りピンクのサマーカーディガンから飛び出ているのだ。こちらを見上げて喉を膨らませ、今にも「ブオ〜〜」と鳴きそうだ。

 ガサガサガサ。

 細かく素早い音に振り返ると、事務机の上にうす茶色のこれまたリアルネズミがちょこんと座り、こちらの様子を窺っている。

 シャーーーッ、と、ユイの口の端がつり上がり、赤く長い舌が飛び出てシュルシュル素早く動いた。

 しかしユイが人間の顔を忘れて野生に返ったのはほんの一瞬で、すぐにすました綺麗な顔に戻ると、バッグに手を突っ込みむんずと丸々太ったガマガエルの胴体を掴み上げ、危険を察知してとっさにダッシュしようとしたネズミに思い切り投げつけ、机をバウンドし、2匹まとめて壁にべちゃっと叩きつけた。2匹は瞬殺で気絶した。

 歩み寄って2匹をつまみ上げたユイは、ニタアッと、怪しい笑いを浮かべた。



 という顛末をわたしは後で仕掛けておいた隠しカメラの映像で知ることになる。

 撮影の終わったわたしとムツミはストックルームに上がってきて撮影用の衣服から着替えた。楽屋の事務室に入ったわたしたちはリラックスして、わたしはユイが撮影に帰ってきても何事もなかった顔をしているので、ちぇっ、不発だったか、とがっかりしたのだが、さーてそれじゃあゲロゲーロのカエルちゃんとネズミちゃんはどうしたのかなあ?ユイちゃんに食べられちゃったのかなあ?とそれとなく室内に目を走らせたが、自分のカバンを開けたムツミが

「きゃあああああああ〜〜〜〜っ!!!!」

 と、盛大に実にホラー映画に出てくる女の子らしい悲鳴を上げた。

 ゲロゲーロ。カバンから飛び出したガマガエルがべったりムツミの顔にしがみつき、

「チュウ」

 と駆け出したネズミがムツミの足に飛び降り、そのまま温かそうなスカートの中へ脚を駆け上がっていった。

「きゃあっ、いやあん、うええ〜〜ん!」

 ムツミはガマガエルにフェイスハガーされたままパニックになってバタバタ踊り狂った。

「ちょっと、ムツミちゃん、落ち着いて」

「何? どうしたの!?」

 わたしと、何事かと驚いて駆け込んできたスタッフがムツミを捕まえて大人しくさせようとしたが、ネズミは上半身に駆け込んでグルグル走り回っているようで、顔のガマは

「ブオ〜〜」

 と、ムツミの顔を女子ガエルの背中と勘違いしたようにしっかりしがみついたまま喉を膨らませて部屋に大きな鳴き声を響かせた。

 阿鼻叫喚……になっているのはムツミ一人だが、服をめくり上げてネズミを逃がし、手足を騙し騙し引き離してようやくガマガエルを顔からはがし、現れたムツミの顔は涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃのぬるぬるになっていて、その顔で

「うわあ〜〜ん!」

 と泣きつかれてわたしも辟易してしまった。

「いったいこんな物がどこから入り込んだんだ?」

 とりあえずくずかごに放り込んだガマガエルを覗き込んで気味悪そうにするスタッフたちにわたしは当然知らんぷりを通した。幸いわたしのような可憐な女子がこのようなグロテスクな生ものを持ち込んだとは誰も疑わないだろう。

 撮影を終えたユイが上がってきた。

「まあ、どうしたの?」

 スタッフが集まっての騒ぎと、顔をぐちゃぐちゃにして泣いているムツミを見て驚いた顔をした。

「ブオ〜〜」

 とくずかごをスピーカーみたいに鳴らして鳴くガマに

「あらびっくり」

 と白々しく驚いて、

「やあねえ?」

 と、わたしに首をかしげた。

「ねえ?」

 とわたしも首をかしげ返した。狐とタヌキの化かし合いならぬ白キツネと白ヘビのとぼけ合いだ。

 ネズミは窓から逃げ出したようで(ま、見つからないのでそういうことにしておこう)、肥え太ったガマガエルは近くの水路にスタッフが逃がしてやった。けっして恩返しには来ないように。

 こうしてユイはまんまとヘビの正体を隠しおおせたのだった。

 ごめんね、ムツミちゃん。(コツン)

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