01,CMと爽やかな朝の食卓
※この小説で怖がってくれる人はとても心のきれいな人でしょう。
笑ってくれる人はとても心の広い人でしょう。
その他の人は、ごめんなさい。
『怖がらないで使ってみて!
ほら、このヌルヌルが気持ちよくて癖になるのおー』
白く美しい肌は女性の永遠の憧れ。
美しい肌を決定する重要な成分がコラーゲンです。
「真珠輝(しんじゅき)シリーズ」は最高品質のコラーゲンサプリ商品です。
『お肌に塗っても、飲んでも、食事に混ぜて食べてもいいの!
ヒヤッとする刺激がたあまらないのおー』
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美容と健康の化粧品、栄養食品です。
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皆さんも美白美人の仲間になって!』
内側から白く輝く透明感溢れるお肌へ。
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『この番号にコールして!
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大きな格子窓から朝の光が射し込むヨーロッパのレジデンスのような広い食堂。
真っ白なテーブルクロスを掛けられた縦長のテーブルに一人つき、密やかにナイフとフォークが白い陶磁器のお皿に触れ合う音を立てて食事をする一人の令夫人。皿は美しい硬質の輝きを放つ白地に銀の網目模様で縁取りされたタケノリ製で、ナイフとフォークはノーブル賞晩餐会で使用された燕三条製の逸品であり、それらを使用する令夫人も逸品である。黒銀に染めた銀糸レースのショールをふわりと肩に掛け、胸元の大きく開いた黒のドレスを着ている。ショールを止めているのは銀の薔薇のレリーフのペンダント。胸の張りも素晴らしく年齢は30代半ばほどに見えるが、ここだけの話47歳である。本人の前で年齢の話をするのはタブーである。その場ではまるで年など自分の美しさには関係ないように振る舞うが、後で必ずひどい仕打ちを受ける。
美人である。現役の。どんなタイプの美人であるかというと、豊かな黒髪を頭上に丸く結い上げ、多少頬骨の張った、あごの細い、お伽噺に出てくる魔女のような……●柳●子をうんと美人にしたような感じであるが、黒●徹●のようにおしゃべり好きの印象はなく淡泊に黙々と朝の栄養補給をしてる。
彼女にとって朝の食事は重要である。
美は健康から、健康は朝の食事から。彼女の朝食に一切の手抜きはない…………自分で作るわけではないのでお抱えのコックに命令するだけなのだが。
基本洋食である。ベーグルに果物のみじん切りの混じったチーズクリームを塗り、どろどろと緑と茶の混じったシェイクをビールジョッキ並の大きなコップに一杯、更に特製ホワイトソース掛けの生野菜をボールにたっぷり、ヨーグルトももちろん。そして。
彼女がタケノリの皿で純銀のフォークとナイフで切り分けお上品に口に運んでいるメインの肉料理……脂の採りすぎは美容に禁物だが良質の動物性タンパク質はお肌と筋肉の若さを保つのに必須である。彼女が選んだ良質な動物性タンパク質は……カエルである。白い高級陶磁器の上にはでろんと太ももを投げ出した食用蛙……ウシガエルの姿焼きが載っていて、今やその大半が彼女の小さなお上品なお口の中に運ばれていき、胃袋に納まっている。相当にインパクトのある見た目であるが、彼女自身による美のための最良のチョイスである。
美。
彼女にとって美は至高の物であり、人生の目標であり、糧であり、彼女の人生そのものである。
彼女の名は、海老丸・ビクトリア。通称、ミセス・ビッキー。
彼女こそ誰あろう、今をときめく「株式会社 栄美丸本舗(えびまるほんぽ)」の美しきカリスマ女社長である。
「栄美丸本舗」は言うまでもなく今話題の海洋性コラーゲン製品「栄美丸本舗のマリンコラーゲンシリーズ」で美肌にご執心のティーンから膝関節痛に悩むお年寄りまで世の女性たちから絶大な信頼を寄せられる美容健康品のトップブランドとして君臨している。
よどみなくヘルシーな栄養たっぷりの朝食を取り終えたミセス・ビッキーはお付きの女中に命じてその朝食を用意した料理長を呼ばせた。
やってきた料理長は、これはあまり美とは呼べない代物だった。
顔も胴もでっぷり太り、丸顔にキツネ目が頬に埋もれて、人相が悪い。
「お呼びでしょうか、奥様」
調理人の白衣にコック帽を被った料理長は太った腹を邪魔そうに腰を折って一礼した。
「美雪。ブッチーにあれを」
命じられた若い女中は色白のなかなかの美人。ミセス・ビッキーの美は周りに美しい物を並べた方がより引き立つのだ。
美雪は料理長に白い粉末の盛られた銀の小皿を持っていった。
「これは?」
「おまえの舌で試してみて」
女主に命じられ、怪訝な顔の料理長は指先を舐めて白い粉を付け、口に含んだ。
「どうです?」
「ふむ」
料理長は舌を口の中で動かし、白い粉を分析した。
「コラーゲンの粉末……主原料はニワトリと見ますな。しかしなんと言いますか……、このねっとり舌を刺す青臭い感じは……なんでしょうな? この滑らかさ、コラーゲン分子としては最高の精製度を実現してますが、はて、何か別の成分を混ぜているのか、特殊な方法で精製しておるんでしょうかなあ?」
料理長は舌に張り付いて取れないぬめりを剥がすようにしかめっ面で舌を口の中で動かし続けた。ミセス・ビッキーはその様子を興味深げに眺めて言った。
「ほう、おまえの舌でも分からない食べ物があるの? それは面白い」
彼女は下からじっと魔女のような目つきで料理長を見つめ、彼は多少居心地悪そうにまだ舌に張り付いて離れないつるつるに辟易した。
「ブッチー。おまえに暇をあげる」
「はあ?」
突然の言い渡しに困惑する料理長にミセス・ビッキーは決してしわを作らないように小さく笑い、言った。
「この粉の正体を探りなさい。全て。いいわね?」
料理長はそう言うことかと得心し、プライドを持ってニヤリと笑った。
「承知いたしました。わたしが留守の間の奥様のお食事も部下たちにしっかり言いつけておきますのでご心配なく」
「ええ。頼むわ」
どうやらミセス・ビッキーは単なる料理人以上にこのどちらかと言うとぶっさいくな太った男を信頼しているようだ。その信頼を誇りとしながら、彼はちょっとヒントをねだるように訊いた。
「これは、例の新しく出てきたライバルの?」
「ライバル?」
ミセス・ビッキーはふふんと鼻で笑った。
「ライバル……。まあそうね、それに値する物だと良いけれど。期待しています」
軽くうなずいて見せ、料理長は「はっ」とかしこまって一礼し、くるりと後ろを向き、はて、何か思い出したようにニヤニヤ気味の悪い笑顔を向けて訊いた。
「時に奥様、蛇などは、いかがでしょう?」
ミセス・ビッキーは眉も動かさずに答えた。
「美にプラスになる物なら、なんだってかまわないわ」
料理長はその答えに満足してニヤニヤしたまま再び一礼し、今度こそ部屋を出ていった。
ミセス・海老丸・ビクトリアお抱えの料理長、ブッチーと呼ばれる太った40代とおぼしきブ男。
名をブッチ・熊田と言う。本名かどうかは定かではない。