三流紳士の話
二時間程前に昼食を摂った。その際彼女はデザートにアップルパイを頼んだ。濃厚そうな生クリームのたっぷりと乗ったそれをぺろりとたいらげた彼女は、食後の一服を吹かしていた僕の方を見て満足そうに笑った。甘い物を得た時の彼女の微笑みは、いつもの何倍も魅力的だ。以前それを彼女に言ってみたら、そんな台詞は三流の紳士が言うのだと返された。自覚が無かったが、どうやら僕は三流の紳士だったらしい。
今日はとにかくとても暑い日で(と云っても服装はまだ長袖に上着を羽織ったり、その程度だ。つまりは日付の割りに、ということ)、少し歩くだけでもなかなか体力を消費してしまう。いい場所があったら休憩しようと何度もお互いに励まし合って、そして漸くここへ辿り着いた。よくあるチェーン店だが、その見慣れた看板が輝いて見えたものだ。
土曜の午後、店は様々な年齢の人たちで混雑していた。日和のせいもあり、冷たい飲み物を頼んでいる人が多い。しかし僕はアイスコーヒーという飲み物が嫌いだ。甘い飲み物にも興味が無い。なのでいつものようにホットのブレンドコーヒーを注文した。彼女はアイスココアを注文している。オプションとして、ソフトクリームも頼んだ。冷たいココアの上に、ソフトクリームがうねうねと鎮座している。彼女は嬉しそうにソフトクリームを口に運んだ。ココアに混ざり溶けてしまわないように、慎重にスプーンを滑らせている。
「さっきもデザート、食べただろう?」
「あれはデザート、これは15時のおやつ」
彼女はそう言って笑う。氷にへばりついた最後の一口を飲み込んでから、彼女は漸くストローを手に取った。紙の袋をちぎって、緑色のプラスチックを取り出す。そういえばこういったカフェで添えられてくるストローは緑色のものが多いな、とその時気付いた。
「たくさん歩いて、さっきのアップルパイなんかもう消費しちゃったよ」
「君はいいよな、あんなに食べるのにちっとも体系に響かない」
「あなただって、別にお腹出たりしてないじゃない」
「僕は努力して維持している」
「どんな努力?」
グラスの中の液体にストローを潜り込ませながら、彼女が問う。僕は少し温くなったコーヒーを一口飲んでから、ポケットに入れた煙草の箱へ手を伸ばした。
「僕は昔から胃腸が弱いんだ。だから本当は煙草がとても向いていない。吸うと著しく食欲が無くなる。あまり物を食べなくても平気になるから、僕は一人で居る時にはほとんど物を食べない」
話しながら煙草を口に咥え、火を点ける。彼女は眉間に皺を寄せて僕の話を聞いていた。彼女のしかめ面はとても魅力的だ。甘い物を食べている時のキラキラした表情ももちろん魅力的だが、それとはまた違った良さがある。
「全くもって不健康だわ。これからはなるべく食事の時間に重なるようにあなたと会うことにする」
「君の食事に付き合っていたら、あっという間に丸くなってしまうな」
彼女は相変わらず厳しい目付きのままストローに口を付けた。彼女の白い喉元が微かに動いている。きっと彼女の喉は、甘い味がするのだと思う。
「煙草も軽い物に替えましょう」
「厳しいな、僕はなかなか拘りを持って吸っているんだが」
「やめろとは言わない」
彼女は神妙な面持ちで、煙を吐く僕のことを見ている。氷の入ったグラスは汗をかいて、彼女の細い指をしっとりと濡らしていた。
「あなたが煙草を吸ってるとこ見るの、好きだから」
そう言って彼女は再びストローに口を付けた。僕は煙草を咥えた。
「では軽くして、本数を増やそう」
「馬鹿なこと言わないの」
彼女はまたぎゅっと顔を顰めて、テーブルの上に出したままにしてあったライターを取り上げてしまった。