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鬼ごっこシリーズ

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作者: 羽月

本日もどうぞ宜しくお願い致します。



 こんばんは、桐谷蒼依です。15歳です。


「ハッ……ハッ……ッ」

「諦めろよ」


 只今校内鬼ごっこ真っ最中……ではなく。

 真夜中に裏路地で鬼ごっこに参加させられています。因みに強制。

 離脱できるものならとっくにしている。


「こうして見ると細ぇな……女みてぇ」


 そう言いながら前方10メートル程先でニヤリと嫌な笑みを浮かべる男は、彼のお方____朝倉和斗氏。

 うん、まぁ女だからね!なんて言える訳がない。

 正体は明かせない。絶対に。

 私はキャップの上に深く被っているフードを引っ張り、更に顔が見えないように隠した。


「さて、ソウ……その顔、拝ませてもらおうか」


 彼はそう言いつつその長い足でゆっくりと一歩一歩こちらに近づいてくる。

 私は同じ距離分後ろに下がった。やばいやばいやばいやばい。

 背中にヒヤリと嫌な汗が流れ落ちる。


「……、……ッ」


 思わず眉間に皺が寄った。

 ズルズルと下がっていると踵が壁にぶち当たったのだ。背後に窓があるが此処は3階……後がない。

 そんな私の様子を見て目の前の悪魔がクツクツと笑いを零した。

 こここ、怖い怖い怖い怖い!!だからその笑い方怖いんだって!!

 内心あわあわとしている私を他所に、また一歩悪魔が足を踏み出した。


「……ッ」


 私、ピンチ。超ピンチ。

 ____あんにゃろう!!護るって言ったのにッ!!

 帰ったら蹴りに加えて平手も喰らわすと私は心の中で固く誓った。


「____ククッ……後がなくなったな?」


 …………やっぱ怒らないから早く迎えに来て下さいぃいぃいいいッ!!










 ____事の始まりは1時間ほど前に遡る。




「あれ?ソウちゃんオヒサ~。どしたの?」

「お、珍しいな」

「……あ、シンさん、タケさん。お久しぶりです」


 ノックした後、ガチャリとドアを開けて部屋に入るとタバコの臭いと聞きなれた声に迎えられた。

 最初に声を掛けてくれた長めの金髪がトレードマークなお兄さんがシンさん、そして後から声を掛けてくれた短い赤髪がトレードマークなお兄さんがタケさんである。不良スタイルバリバリであるが、2人共凄く男前……らしい。周りの人が言っているのだから多分間違いないのだろう。

 ドアを閉めて他に人がいないことを確認した後、私は被っていたパーカーのフードとその下に被っていたキャップを外した。癖のない髪がハラリと零れ、肩の上で揺れた。私はそれを手で()きながら思わず出そうになる欠伸をかみ殺す。

 因みに現在午前2時。良い子はとっくにおねむな時間である。


「……寝てる所を起こされて拉致られました」


 私は不思議そうにこちらを見てくる二人に苦笑を浮かべてそう言った。それを聞いた二人は「あぁ……」と私と同じような表情を浮かべる。


「またか……ソウちゃんお疲れさん」

「全くです」

「リョクももうちょっと考えろっつの。夜中こんな所に女の子連れてきやがって」

「全くです」


 もっと、もっと言ってやってくれ。

 私はガックリと肩の力を抜いた。


 リョクというのは実の兄、桐谷碧(きりたにみどり)の事である。リョクという呼び名は、本名の『碧』から取ったらしい。読みである『みどり』を『緑』に変換し、それを音読みで『リョク』と名付けたようだ。

 因みに私が呼ばれている『ソウ』も本名の『蒼』という字から取ったものである。ここにいる二人も多分同じように決めたと思う。本名は互いに知らない。

 その兄であるリョクはここら一帯を縄張りとするチーム『蒼天(そうてん)』の総長である。規模は大きく、県内で1、2を争う大きなものだ。隣町を縄張りとする『森羅(しんら)』というチームとよく衝突をしている。こちらも負けず劣らずなでかいチームである。両チームの総長は大変仲が悪い。

 まぁそれは兎も角、何故私が此処__蒼天の幹部部屋にいるかというと、総長である兄に強制的に連れられて来たからだ。スヤスヤと深い眠りについていた私を叩き起こし、着替えさせられ、拉致るかのように連れてこられた。……あ、着替えのときは勿論部屋から叩き出したが。

 何故そんな事をするかというと__


「ソウ、おまたせ」

「ふぎゃっ」


 ガチャリと後ろのドアが開いたと同時に抱き込まれた。

 誰だか見なくとも分かる。こんなことするのは……兄だけだ。

 兄は私を後ろから抱きしめたまま身をかがめて機嫌良く私の頭にすりすりと頬ずりをする。私はダラリと身体の力を抜いた。もう諦めの境地に入っているのだ。

 妹にこの執着……そう、我が兄は生粋のシスコンなのである。

 今日もツーリングがしたいから、一緒に居たいからと連れて来られたのだ。こんな夜中にとんだ迷惑だが、私はこの人の暴走を止める術を知らない。人間諦めが肝心である。家でいくらでも合えると思うのだが、兄は親を嫌って家に寄り付かないのでこういう事態がちょくちょく発生する。家に近づきたくないから私を連れて行けば良いんじゃね?といった感じだ。はっきり言って迷惑過ぎる。安眠妨害だ。……まぁ何だかんだで連れて来られるのは私も兄を嫌ってないからなのだが。


「おいリョク、そろそろ放してやれよ。ソウちゃん魂半分飛んでる」

「つか寝かせてやれよ」

「っと、悪ぃ。眠いよな」


 私が死んだ魚のような目をしていると2人が苦笑ながら助け舟を出してくれた。私はようやく兄から解放される……と思ったらドアの前に突っ立っていた私を通り過ぎ、ソファに座った兄がこちらを見ながらにこやかに膝をポンポンと叩き始めた。

 ……何だろう。嫌な予感しかしない。


「……何でしょう、お兄様」

「何って、膝枕。ほら、おいで」


 ぽんぽんぽんぽん。


 ……この人は本気なのだろうか。……いや、本気なのだろうな。

 何処に兄の膝枕で寝る妹が居るというのだ……まぁいるかもしれないが圧倒的に数は少ないだろう。

 光のない眼でその様子を暫し見た後、私は隅っこに置いてある兄の座っているものとは反対側のソファに背を向けてゴロンと寝転がった。


「……ソウ」

「おやすみ」


 何か物言いた気な兄を一蹴りし、私は目を閉じた。眠ることはないが、こうすれば多少の疲れも取れるだろう。いつものパターンだ。


「ソウちゃん。アイツに見つかってない?」


 その言葉に思わず肩が跳ねた。タラリと詰めたい汗が背を伝う。

皆も私が寝ていないのを知っているので話を持ちかけてくる。私は寝返りを打ちながら心配そうに尋ねてくれるシンさんをゆっくり見た。


「…………バレてはいません……でもちょっと、その……面倒臭い事態になっちゃって……」

「何かあったのか?」


 思わず苦い顔になる私に今度は兄が問いかけてくる。

 出来れば隠したかったが、そうもいかない。私は観念してコクリと頷いた。それはそれはとんでもなく面倒臭い事態になってしまったのだ。

 そんな私の様子に眉間に皺を刻みながら真剣な顔になる三者を見ながら、私は身体を起こして一週間前の事を話した。

 一週間前____朝倉和斗氏に目をつけられた経緯を。


 朝倉和斗は我が不良校のトップでありながら隣町の総長も勤めている。

 ____そう、うちのチームとよく衝突している『森羅』の総長サマとは彼の事なのである。

 私は入学前から何度も彼に合った事があるのだ。

 その時は兄のバイクの後ろに乗っていたので、今と同じ格好……ジーパン、そしてキャップに髪を捻じ込み、その上からパーカーのフードを深く被っていた。夜のスタイルはいつもこれである。男のような格好……身元や素性がバレたら即狙われると兄が考案したのだ。だったら一緒に出かけなければ良いと思うのだが、兄が「絶対護るから」と聞いてくれなかった。泣き落としまで喰らって渋々了承したのだ。

 初めて会ったのは2年前。その日も、ツーリングをしていたのだが、その時偶然朝倉和斗氏に会ってしまった。

 そして彼の興味を引いてしまったのである。私、不運すぎる。

 彼はそれから私の素性を暴こうとしている。

 まだ正体はばれていないが、そんなときにあの黒板消し事件である。私が同一人物だとバレたら…………怖すぎるのでもう考えないでおこう。


「……マズイな」


 一連を説明し終えた後、タケさんが渋い顔でポツリとそう零した。シンさんも同じような顔で考え込んでいる。そんな様子を見つつ私は「すみません」と謝って苦笑するしかない。


「……だから俺は反対したんだ」


 ビクリと身体が震えた。

 低い、それは地獄の底のような低い声でそう唸ったのは兄である。

 彼は私が今通っている高校に行く事を断固反対した。理由は言わずもがな、朝倉氏が在籍しているからである。しかし、例によって私はそこしか通えなくなってしまった。私だって出来れば通いたくなかったが、通わなければニート……笑えない。それだけは頂けないと私は兄を押し切って悪魔のいるあの学校へ通うことにしたのだ。

 ホント、私、不運すぎる。


「……まだバレてないよ…………一応。」

「時間の問題だ」

「だね」

「だな」

「うぅ……」


 聞きたくない。そんなの聞きたくない。

 私は耳を塞いでソファへ倒れこんだ。私の人生終了したらしいです。

 影をこれでもかと背負っているとソファが沈んだ。

 顔を上げると兄の心配そうな顔が見えた。ジーッと見ていると彼の大きな手がこちらへ寄ってきて、私の頭を撫で始める。いつもだったら軽く払い除けるが、現在絶賛落ち込み中なので甘んじてそれを受けた。

 その私の様子を見て兄が口を開く。


「ソウ、ツーリングしよう。気分転換だ」


 そういうや否や、兄は私にキャップとフードを被せ、いつものスタイルにした後、私を軽々と抱き上げた。わたわたと慌てる私を他所に、「行って来る」と一言残して部屋を後にした。

 ツーリングは楽しいから私も好きだ。頬に当たる風も気持ちが良い。

 昼には滅多にバイクに乗せてもらったことはないが、私は夜の方が好きだ。行き交う車やバイクのテールランプが綺麗だし。バイクの音はバリバリと騒音を奏で、煩いけれども。

 私と兄は適当にそこらを走った後、近くのコンビニへ寄った。


「悪ぃ、ちょっとトイレ」

「行ってらっしゃい」


 私は兄を見送り、外に停車してある兄のバイクの傍で待つことになった。何となしにポツポツと行き交う人を見る。ここらはカラオケなどが集まった賑やかな場所だ。こんな夜中だというのに結構な数の人がいる。

 わいわい騒ぎながら歩く人達を見ながら皆元気だなぁと思っていたら、道路を挟んだ反対側でふと一人の男が立ち止まった。

 私は無意識にそちらを見遣り______目を見開いた。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべる金髪の男……朝倉和斗だ。


 え、ちょ、待って、ヤバイ?ヤバイよね?


 やはりというかあちらも気が付いているらしく、道路を悠々と渡ってこちらに近づいて来た。


「……ッ!!」


 チラリと窓越しにトイレを見遣るが出てくる様子がない。ツーリング中に電話がかかってきていたから多分かけ直しているのだろう。

 私はもう一度朝倉氏の方を振り返った。

 ニヤニヤと笑いながらどんどん近づいてくる。


 ____捕まったらお終い。


 今、強制鬼ごっこが開始された。

 私はとっさに裏路地へと駆け出し、灰ビルの3階窓際へと追い詰められてしまったのだった。

 ……後から思えば、コンビニのトイレのドアを叩きまくってでも立て篭もっている兄を引っ張り出せば良かったのだが……パニックとは恐ろしい。

 兎に角あの時は一刻も早くあの場所から離れたかったのだ。








「……お前はアイツとどういう関係だ?」


 そそくさ正体を暴かれると思って身構えていた私に朝倉氏はそう問いかけた。

 アイツとは兄の事だろう。関係は……妹だけれども……言えない。というか答えられる訳がない。

 声を出したら女だとバレるどころか、下手をすれば私が桐谷蒼依だとバレてしまう。

 私は声を出さずにジッとそのまま無反応でいた。


「……だんまりか…………まぁいいけど。アイツにとってお前が特別な存在って事は分かってるし。服装は男物のようだけど……どうだかな。もしかしてアイツの女か?」


 私はその言葉を聞いて即、首を振って否定した。

 それだけは違う。やめて下さい。勘弁して下さい。

 伝わったのかそうでないのか分からないが、彼は「ふーん」と言って面白そうに笑みを浮かべた。女の子だったら思わず黄色い声を出すような笑み、私にとっては真っ青になって悲鳴を上げるような笑みを。……声を上げなかった私を褒めて頂きたい。

 彼はじりじりと私との距離を詰めていく。私は後ろに下がれないのでどうしようもなく、只その様子を見ているだけだ。

 私と彼の距離が1メートルくらいになった所で彼は立ち止まった。

 ドクドクと心臓が煩い。


「まぁ、見れば分かることだ」


 そう言って彼はゆっくりとフードへと手を伸ばしてくる。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ__


「――ソウっ!!!!」


 聞き慣れた煩いバイクのエンジン音が近づき、私を呼ぶ声が聞こえた。

 フードに指先が触れたが、私は咄嗟に地面を蹴り、後ろに飛び退く。

 そして着地した窓枠をもう一度蹴った。


「!!」


 私は窓から飛び降りた。

 強い浮遊感に悲鳴が出そうになるが、歯を食いしばり、何とかそれを押さえる。

 風でキャップが外れ、髪が零れた。

 私は慌ててフードを掻き寄せ、それを隠す。


 __堕ちる間際、かち合った彼の目は驚きに見開かれていた。


「…………あっぶね……ッ!」


 結構な衝撃と共にそんな声が聞こえた。

 怪我はないかと聞かれ、コクリと頷く……私は無事兄によってキャッチされた。

 バイクを滑らせながら受け止めてくれたらしい。知ってはいたが、やはり恐るべき身体能力である。

 遅れてパサリとキャップが落ちたがもはやそれを拾いに行く気力はない。

 私は安堵の溜息を零し、兄を見上げ__ビクリと身体を震わせた。


「テメェ……」


 兄が怒っている。

 え、ちょ、怖い。物凄く怖いのですけれども……ッ!!

 今まで見た事もない兄の様子にビビりまくる私。空気がピリピリとしている。彼の視線の先を辿ると、私が飛び降りた窓枠に背を預けてニヤニヤと笑っている朝倉氏が見下ろしていた。


「只のお飾りかと思ってたら……その子中々度胸があるね。気に入っちゃったからそれ頂戴」

「…………次会ったら……ぶっ殺す……ッ」


 兄は朝倉氏の言葉には答えず、それだけ言うと私をしっかりと抱えてバイクを発進させた。


「……――ッ!」


 遠ざかる朝倉氏。

 兄の肩越しに見えた彼は楽しそうに目を細めて私をずっと見ていた。




誤字・脱字などあれば報告して下さると有難いです (´・ω・`)

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