婚約破棄されたまさにその瞬間。王の遺産を全て相続しました。元婚約者? もう国から出ていってください
その日、王城の舞踏会場は、嘲笑に満ちていた。
「エリシア・フォン・リーヴェルト。本日をもって、お前との婚約を破棄する」
王太子の声が高らかに響く。
「理由は簡単だ。無能だからだ。魔力は低く、政治も学ばず、社交もできない。王妃には相応しくない」
ざわめき。
視線が、針のようにわたしへ突き刺さる。
「代わりに、こちらを新たな婚約者とする。お前と違い、いつもぼくのことを気にかけてくれた。君とは違う道端に咲く一輪の花のような可憐さもある」
王太子が手を取ったのは、わたしの侍女だった少女。勝ち誇った笑みを浮かべている。
ああ。わたしは、ここで終わるのだ。
そう思った、その瞬間。
「ちょうどよい」
玉座から、老いた声が響いた。
国王陛下だった。
「その婚約破棄、正式に受理しよう。そしてここで、遺言を開示する」
空気が凍る。
「我が死後、王の全遺産は、エリシア・フォン・リーヴェルトに相続させる」
一瞬、意味が理解できなかった。
「王位、王都、全領地、国庫、騎士団指揮権。そして、この国そのものを」
次の瞬間。
「は?」
王太子の顔から、血の気が引いた。
「な、なぜです父上!?エリシアは無能でーー」
「黙れ」
国王の一言で、場が静まり返る。
「無能なのは、お前だ。王の血を引く者の“本質”を、何一つ見抜けなかった。エリシアだけだ。年老いた我の側。そこで、嘘偽りのない眼差しを向けてくれたものは。お主の眼。そこに宿っていたのは権力に対する欲。我がわからぬとでも思うたか」
国王は、わたしを見た。
「エリシア。婚約破棄された瞬間、それが継承条件だった」
そうだったのか。
わたしは、ゆっくりと息を吐く。
「よって宣言する。王太子アルベルト。貴様の継承資格を永久に剥奪することを」
「ま、待ってくれ!!」
王太子が床に崩れ落ちる。
「お前は今から、ただの貴族ですらない。国外追放だ」
そして、国王は微笑んだ。
「エリシア。王として、最初の命令を」
静かに、わたしは告げた。
「元婚約者と、その協力者。この国から、すべての記録を消してください」
悲鳴が上がる。
でも、もうどうでもよかった。
無能令嬢は死んだ。
ここにいるのは、エリシアという名の女王。
「王位、確かに継承いたします」
玉座へ向かうわたしを、
誰一人、止めることはできなかった。
〜〜〜
元王太子アルベルトが、石畳に膝をついていた。
豪奢な衣装は剥ぎ取られ、今は粗末な囚人服。
かつて自分が「無能」と笑った女が、玉座に座っている。
「エ、エリシア。いや、陛下」
声が震えている。
「どうか、慈悲を。あれは、国のためを思って」
わたしは書類から目を離さない。
「却下」
即答だった。
「え?」
「“国のため”という言葉を使う者ほど、国を私物化するものよ」
わたしは淡々と続きを告げる。
「あなたは国外追放。名前、爵位、家系、すべて抹消済み」
アルベルトは、ようやく理解したように青ざめた。
「ま、待て。そ、それでは、俺は」
「“誰でもない存在”になるだけ」
わたしは顔を上げ、初めて彼を見る。
「あなたが、わたしに与えようとした未来よ」
言葉が、刃のように突き刺さる。
次に連れてこられたのは、元侍女。
わたしの代わりに王太子妃になろうとしていた少女だった。
「ち、違うんです!! 私、言われた通りにしただけで!!」
床に額を擦りつけ、必死に叫ぶ。
わたしは、少し考えてから言った。
「あなたには、罰を与えません」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ」
彼女の顔が、希望に染まる。
だが、次の瞬間。
「ただし、この国を支える一番大切な職。炭鉱の職を続けなさい」
「え?」
「名前も身分も与えない。誰からも覚えられず、誰からも尊敬されない。けれど、きっとこの国の為になる仕事」
少女の瞳から、光が消えた。
「安心して。あなたが“無能”だと笑った女が、この国を繁栄させることを」
それは、復讐ではない。
事実の提示だった。
処刑はしない。
怒鳴りもしない。
涙も見せない。
それが、王のやり方だ。わたしは玉座に背を預け、静かに息を吐いた。
「これでいい」
婚約破棄された令嬢は、もういない。
この国にいるのはただ一人。
王の遺産をすべて継いだ、女王だけだった。
〜〜〜
即位から三年後。
わたしは、最後の遺産を確認していた。
今は亡き、国王の最後の言葉。
それを思い出して。
王の遺産は、
財宝でも、王位でも、軍でもない。
**“王という概念そのもの”**だった。
この国では、王の名を持つ者にのみ発動する契約魔法が存在する。
それは、建国王が残したーー
《王に害なす者を、世界から拒絶する》
わたしは静かに言った。
「発動」
〜〜〜
国外追放されたはずの元王太子アルベルト。
彼は三年もの間、城に戻ることばかり考え、その目は未だ欲に満ちていた。
「くそっくそっ。いつかぼくがーー」
汚れた格好で城の敷地を越えようとした瞬間、彼の身体が透けていく。
「な、なんだこれは!?入れない……!? いや、近づけない!!」
見えない壁が、世界を分断している。
彼は気づいた。
この世界そのものが、彼を拒否している。
食べ物を買おうとしても、
店主は彼を認識できない。
話しかけても、
声は誰にも届かない。
彼は存在している。
だがーー
“世界に記録されていない”
「た、助けてくれ!!」
誰も、振り向かない。誰も、アルベルトを感じることはない。誰も、誰も。
〜〜〜
一方、城の中。
わたしの前には、元侍女が連れてこられていた。
疲れ果て、目に光はない。
その手はくしゃくしゃになり、髪はボサボサ。その姿は、泥水を啜りながらでも懸命に生き抜いてきたことを物語っている。
「陛下……私は、まだ……罰は」
わたしは、首を横に振った。
「罰は終わっているわ」
彼女は、呆然とする。
「あなたは。三年の間、なにを見て、なにを学んできたのか。その姿を見れば、よくわかる。あの王太子とは違う。この城に入り、その姿がある。それだけで貴女は、認められた。【王に害を為さない存在】として」
「今の貴女なら」
「わたしの側に置いてあげてもいいかしら」
エリシアは微笑む。
元侍女は崩れ落ち、泣きじゃくる。
声をあげて。その身を小刻みに震わせながら。
かつて卑下し、見下した者に許される。
それ以上の罰は、ない。
わたしは立ち上がり、窓の外を見る。
街は平和だった。
人々は笑い、国は繁栄している。
誰も、あの王太子のことを覚えていない。
歴史書にも、
民の記憶にも、
噂話にすら、存在しない。
それが、王の遺産の最後。
「王に仇なす者を物語から消す権利」
わたしは、静かにつぶやいた。
「これで、本当に終わり」
婚約破棄された令嬢は、誰かの噂話にすらならない。
だがーー
王の遺産をすべて継いだ女王は、
この国の“結末”を、自由に書ける。
そして、物語は続く。
わたしが、エリシア・フォン・リーヴェルトが王である限り。




