第8話
翌日、昨日と同じような空が流れている。
公園を流れるニュースは、どこかの組織の暴動だとか、選挙だとかで、もうすっかりエイダの不審死など忘れてしまったようだ。
ノーマンは依然として胸にわだかまりを抱えたまま、托鉢していた。 だんだん、この公園の住人や常連の顔を覚えてきた。
ふと、視界の端に青い何かがよぎる。
青いワンピースを着た昨日の少女だ。
少女は、公園の中をいったりきたり、右往左往している。
遠目にノーマンの姿を認めると、むっとした表情を見せ、わざとらしくプイっとそっぽを向く。 少し、微笑ましい。
どうやら公園に居る僧侶に声をかけ回っているようだ。
きっとエイダが公園で話をした僧侶を探しているのだろう。 (それは拙僧だ。)と思ったが、そのまま言っても、きっと話を聞いてもらえないだろうから、どうやって切り出そうか思案することにした。
やがて少女が公園内の僧侶に声をかけつくしてしまい、いよいよホームレスに声をかけ始めたころ、公園に続く道路に大きな黒いバンが大音量の音楽を流しながら停まった。
その騒音にみんながチラチラと視線を送る。
バンの中から3人ほど、がたいの良い男たちが出てくると、迷うことなく公園内にずかずかと入り込んできた。
平和な公園と裏腹な人物に、人々が散っていく。
ノーマンは嫌な予感がした。
男たちは、まっすぐ青いワンピースの少女に向かっているのだ。 少女がその様子に気が付いた時には、既に男たちに囲まれてしまっていた。
「何よ、あんたたち。」
「やぁーお嬢さん。ちょっと俺たちとデートしようか。」
「しないわよ!私は忙しいの。」
立ち去ろうとする少女を、男たちは逃がさない。
中でも一番大きな体の男が、笑いながら少女の肩をつかんだ。
「俺たちとデートするんだ。逃がさないぜ。」
「やめてよ!」
男の太い腕には黒い化け猫のタトゥーが彫られている。
少女はその化け猫に鋭く爪を立て、逃れようとする。
「いてぇな!おとなしくしろ!」
「ランダ、さっさと車に押し込め!」
ランダと呼ばれた化け猫タトゥーの男は、少女を羽交い絞めにして車まで引きずっていこうとする。
(いけない!) ノーマンは慌てて立ち上がり、頭陀袋の中に何かないか探しながら駆け寄った。
「あの!おまちください、お兄さまがた!」
「なんだ?この坊主。俺たちは今・・・・」
「おゆるしを!」
ノーマンは男の言葉を待たずに、頭陀袋から缶を取り出すと、男の顔めがけて開封する。
ブシュー!と大きな音を立てて中身が男の顔にダイレクトに噴射された。 ビールだ。 いつか公園で施してもらったものだった。
走りながら頭陀袋の中で思い切り振っていたのだ。
顔面にビールをくらった男がよろめいて手を離した隙に、ノーマンが少女を剥ぎ取るようにして、その場から走り出す。
他の男たちは、突然の出来事に茫然と立ちすくんだ。
(今のうちに、はやく!)
少女も同じように茫然としていたが、ノーマンに力強く引っ張られ、ただただ、走った。
この街の名前は、ガルボランという。 NLCの東側に存在する一番の観光地で、すこし歩けば汚い海も見える。
波止場は暗く治安が悪い。 一方で、朝も夜も関係なくネオンと人とがざわめきあい、大きなビルもたくさん建っている。
そんな観光地を、青いワンピースの少女と、ぼろを着た坊主が手を取り合って、数人の男たちに怒鳴られながら、いろんな道をがむしゃらに、めちゃくちゃに走っている。
車が通れなさそうな狭い道を選び、人がひしめく大通りを走り、道端に座って托鉢する他の僧侶や街の人たちが不思議そうな表情で二人を見送ってもお構いなしに、ただただ走った。




