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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
シンボル
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第7話

シンボル



 翌日、キッチンカーがまだ開店前の早朝、ノーマンは昨日と同じ場所で座禅を組んでいた。

 昨日からそのまま、この場所を動いていない。

 生きるための全てを他人に任せる托鉢は、衣食住ももちろん他者に任せるので、寝床が与えられなければ、ずっとこのままだ。

 (昨日の少女、エイダは、来るだろうか?)

 瞑想の合間に、昨日の少女が脳裏をよぎる。

 やがて太陽が真上にやってきた。

 (すっかり昼になってしまった。)まだ待ち人が現れないことを疑問に思いながら、托鉢でいただいたサンドイッチをほおばる。

 こんな大都会でも、ノーマンに手を合わせてお布施をしてくれる人がいることに感謝して、ゆっくり味わった。

 サンドイッチを食べ終えると、公園に設置された電光掲示板から流れるニュースが耳にはいってきた。


 【本日未明頃、NLC北部地域ショワン都市公園にて、不審な遺体が見されました。 この遺体は〈エイダ・ブラウン〉と見られ、当局は事件の詳細を・・・】

 電光掲示板に映し出された顔写真は、昨日ノーマンと約束を交わしたあの少女、間違いなくエイダだった。

 ノーマンは思わず立ち上がり、電光掲示板の前まで行くと「どうしてだ」と、顔面蒼白で立ちすくむ。

 ふと、近くのベンチに座る人たちの会話が聞こえた。

 「なぁ、このショワン都市公園の事件、きいたか?」

 「ああ、ニュースなってるな。」

 「都市公園にクロコダイルのモニュメントあるだろ?」

 「ああ、逆立ちになってるクロコな。」

 「そのクロコダイルの尻尾に、死体が刺さってたんだとさ! んで、クロコダイルも真っ赤に染まって・・・。」

 「うわ、マジか?それ。悪趣味すぎ!」

 「マジマジ!友達がショワンに住んでて、見たってさ。なんつーか、そういうシンボルみたいだったって。」

 「まぁ、ショワンって、相当やばいスラムだもんな。」


 ニュースは既にほかの事件を報道している。

 噂話をしていた人達も、もうどこかへ行ってしまったが、ノーマンはまだ茫然と立ち尽くしていた。

 人が死ぬのは自然の摂理だ、だれも抗いようがない。

 しかし、まさに昨日、救いを求めていた少女が呆気なく死んでしまった事に心が揺らいでいる。

 (私が、なんとかできたのではないか?)

 ため息をついて元居た場所に戻ると、もう一度ため息をついて空を仰いだ。

 (ああ、私は、何か間違えたのだろうか?)

 救えたかもしれない少女、少なくとも昨日引き留めていれば、今日、死ぬことはなかったかもしれない。

 ノーマンは両手で顔を覆い、何度目かわからないため息をつきながら項垂れていると、人影が差した。


 「エイダを知ってるわよね?」

 


 頭上から軽やかな声が降ってくる。

 ハっとして顔を上げると、長い黒髪をポニーテールに結い上げた少女が不機嫌そうな表情でノーマンを見下ろしている。

 青空のような真っ青なワンピースに、大人っぽい黒いベルトと黒いピンヒールを履いた少女は、昨日見た少女[エイダ]と同じ顔をしていた。 瓜二つの顔だが、雰囲気や仕草は全く違うので別人だと見て取れる。 愛嬌に溢れていたエイダとは対照的に、どこか冷めた瞳と、笑顔を忘れたような唇。 青いワンピースはエイダと違い露出が少なく、裾がふわりと広がっている。


 「・・・エイダ?」

 「ええ、エイダ。知ってるわよね?お坊さん。」

 違う、ノーマンは名前を聞き返したのではなく、今目の前の人物がエイダではないのか、という意味で聞いたのだ。 

 「君は?」

 「質問にこたえてちょうだい。」

 質問に質問で返すノーマンに苛立ちを隠すことなく、はぁとため息をついて、憎々しそうな視線をぶつけてくる。

 「赤いワンピースの女の子から、何か・・預からなかった?」

 「え?いえ、何も。」

 「そう。わかったわ、邪魔したわね。」

 エイダと同じ顔をした青いワンピースの少女は、ノーマンを一瞥すると、スカートをふわり靡かせて去ろうとする。

 慌ててその腕をつかんだ。

 「ちょっと待ってください。あなたは、誰ですか?」

 「・・・誰でもいいでしょう。」

 「何も預かってはいませんが、見せたいものがあって、明日持ってくるから待っていろと、エイダに言われました。」

 「・・・本当に?」

 少女の訝し気な視線がノーマンに刺さる。

 「君は、エイダと同じ顔をしています。姉妹ではないですか?」

 「だとしたら、何よ。」

 「エイダに、何があったのですか?」

 「知らないわよ。ニュース、見てないの?」

 「拙僧に、何かお手伝いできることがありますか?」

 エイダはノーマンの言葉を聞くと、つかまれていた腕を乱暴にふり解き、怒ったような表情を見せた。

 「今どき、人助けしようなんて坊主が、ネムレスにいる訳がないわ。小娘だと思ってみくびらないでちょうだい!」

 少女は啖呵を切るように声を荒げると、そのまま小走りでノーマンから去っていく。

 追いかけることもできたが、ノーマンはしなかった。

 少女は気丈にふるまっていたが、切羽詰まった表情で今にも泣きそうに見えたのだ。 追いかければ、追い込むことになるだろう。

 ノーマンは胸の中に解消できないわだかまりを抱えてしまった。

 エイダの死と同じ顔の少女。

 ノーマンはどうしたものかと悩んだが、今、できることをしなくてはいけないと思い直し、気を改めて托鉢をすることにした。


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