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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
罪に沿って
68/70

第68話

 梯子を一段登れば、また、一段。


 延々と続く同じ景色は、一分が一時間に感じられてしまうほどの苦痛で、まるで地獄で繰り返される、終わらない拷問のようだ。

 もうこのまま、手を離してしまえば楽になれるのだろうかと、何度も何度も、悪魔のささやきが頭をめぐる。

 しかし、自分が手を離せば、すぐ上の老人も同じように落下し、一緒に地獄へと行くことになるだろう。

 心の片隅にこびりついた、錆びのように残る聖職者の自分が、それだけは許さないと叫んでいる。

 だから、一歩、また一歩、冷たい梯子に手をかける。

 しかし、そうした健気な思いというものは、暴力的な力の前では全くの無意味、抗う事の無力さを、思い知らされることとなる。

  

 三度目の爆発が、おこったのだ。


 もう二度度聞きたくなかった轟音が、鼓膜が破れそうなほどに響き、イブたち三人を奈落の底へ突き落とさんと、右に左に梯子が激しく揺れ、自分がどこにいるのか見失いそうだ。

 今、ここが何階なのかは分からないが、気温が一気に上がり、チリチリと焦げくさい匂いが充満し、息苦しい。

 梯子が外れてしまわないか不安になったが、梯子は壁に埋め込み設置されているので、外れることはまずないだろう。

 右に左に激しく揺れたのは梯子ではなかった。 このEV自体、いや、地下であるのにも関わらず、建物全体が揺れていたのだ。

 地下での大爆発は、地殻変動、大地震も誘発してしまいそうだ。

 そうなれば、間違いなくオルド庁舎は崩壊の一途をたどる。

 ああ、そうだ、ウィルソンが三度目の爆発でオルド庁舎を崩壊させるように設定したのだから、これは嫌な憶測ではなく、事実だ。

 すさまじい轟音と振動が収まり、イブが下を確認すると、落下したユージーンをノーマンが抱えて食い止めている状況だった。

 どちらの物かわからない鮮血が、非常灯に照らされてテラテラと光っており、イブは全身の血の気が引き、叫んだ。

 「ノーマン!ユージーン!無事なの!?」

 「大丈夫です!イブ、はやく、はやく登るんだ!」

 「まって、私がユージーンの手をひいて・・・」

 「いいから!行くんだ、イブ!」

 それまで聞いた事の無い、どすのきいた怒声を浴びせるノーマンに、イブははっとした。

 役に立たない腕と、自重と老人を支えることに限界を迎えつつある腕で、なんとかその場にとどまっているノーマンの必死さに、自分の中途半端なやさしさ、偽善が恥ずかしかった。

 彼らは、私を助けようとしている。

 唐突に二人の感情が全身を駆け巡った気がして、頭が冴えた。

 相変わらずぐらぐら揺れる狭い空間に、時折響いてくる小さな爆発音や軋む音が、タイムリミットを告げている。

 見つめあう二人に、もう言葉はなかった。

 ノーマンは顔面蒼白のまま、イブににこりと微笑む。

 その微笑は仮面のように張り付けられたものではなく、血の通った人間が愛しい人に向けた、やせ我慢の笑顔だった。

 イブは初めて見るノーマンのその笑顔に、声を上げて泣きながら再び上を向いて梯子を登り始めた。

 彼らが後を追ってこれるか、わからない。

 余震が続くこの地下で、地上に到達するまでに登り切れるかもわからない。 今この状況で何をしようとも、何一つ確約が得られない絶望的な状況で足掻くことは、愚かな行為だろうか?

 吹けば消えそうな僅かな希望を握りしめ、愛しい人、親しい人の絶望的な状況に背を向け、自分だけ光に向かって歩き出すことは、これ以上ない独善的な罪に思えて、涙がとまらない。

 どれほど悲痛に苦しもうと、どんな時でも人は欲を抱え、生きることに執着し、僅かでも希望を持った者だけが、前に進むことができる。

 圧倒的に暴力的な力によって全て破壊されようとも、その思いだけは永遠に消えはしない。


 間もなくして、オルド市庁舎が崩壊した。

 まるで積み木崩しのおもちゃのように、すべてを崩し終えた。

 崩壊したオルド庁舎から距離をとって待機していた警察や、マスコミ、避難者や野次馬が、その一部始終を見守っていた。 

 ウィルソンの思惑通り、一度目、二度目の爆発で避難の猶予が与えられ、死傷者はぐんと抑えられたようだ。

 これは歴史的な事件だと、どのマスメディアも騒ぎ立て、ウィルソンをはじめ関与したであろう人物がどんどんと晒されていく。

 その中に、総力を挙げて突き止めたマスメディアによって、ユージーンとノーマンの名前も、流れていた。

 


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