第67話
予想外のイブの行動に頭が真っ白になり、天井からゆっくり下ろした腕のやり場所に悩んだが、必然とイブの体に沿わせ、両腕で抱きしめる形になった。
イブは名残惜しそうに唇を離すと、熱を含んだ瞳でノーマンを見つめ、切なそうに、縋るように、ハグをした。
「ノーマン、約束を忘れないでね。」
「約束?」
「エイダと、私との約束よ。」
「はい、もちろん。あなたたちを、助けますよ。」
「ここを脱出してもまだ終わらないわ。この先も、ずっとよ。」
「この先もずっとですか?」
「ええ、ずっとよ。」
まるでプロポーズの言葉みたいだと笑うノーマンの唇を、イブは再びキスでふさいだ。
これまで、そういう対象として見ていなかったノーマンは難しい顔をして、イブを引き離す。
「イブ、早く行きましょう。」
「忘れないでね、必ずよ。私を裏切らないで。」
「・・・約束します。」
ノーマンはイブをそのまま両手で抱え上げ、天井の非常パッチに押し上げるが、やはり傷口が痛んでスムーズにあげられない。
なるべく負担をかけないように、イブは急いで自力で這いあがると、上からのぞき込んでユージーンに向かって手を伸ばした。
「ユージーンも、はやく、がんばって!」
上からイブが引っ張り、下からノーマンが押し上げることで、満身創痍の老体はやっとEVの天井に上ることが出来た。
続いてノーマンも二人に引き上げられ、途中、苦しそうなうめき声をあげ、這いつくばりながら天井に登る。
正直、この状態で梯子を上り切れるとは思えないが、今はそんなことは考えず、ただただ、限界までやり切るしかない。
目的の非常梯子を確認すると、ウィルソンが下りてきた時に使ったであろうロープが、二本垂れており、さらに梯子の両サイドに非常灯が灯っているので、視界の確保も万全だ。
ロープが二本あるのは、一本切れた時のための保険だろう。
まず、イブが最初に梯子にとりつき、ロープを一本取ると体に巻き付け、後ろの二人を確認する。
「私がユージーンを支えて行きますので、イブも早く。」
ノーマンはもう一本のロープにユージーンの体を固定し、そこから長めに伸ばしたロープで、自分の体を固定していた。
一本のロープに、二人を固定することに些か不安はあるが、こんな状況ではロープ自体があることに感謝すべきだろう。
「二人とも、絶対皆で脱出しましょう。」
イブの言葉に、ユージーンは親指を上げて、にかっと笑って見せるが、その体はしんどそうにハァハァと上下している。
今すぐ戻って二人を抱きしめたい、そんな衝動に駆られるが、今は一刻の猶予もなく、早くこの梯子を上らないといけない。
意を決したイブは、軽快に、リズムよくカンカンと音を立てて梯子を登りだした。 その様子を見上げる二人は、少し安心して、しかし迫りくる恐怖と不安に駆られ、同じように急いで梯子に取りついた。
ユージーンの出血は、もう収まっている様子だが、痛みが消えた訳ではなく、ひとつ、ひとつ登るたびに全身を激痛が駆け抜ける。
しかし休むことは許されない。 自分が止まれば、下にいるノーマンも助からなくなってしまう。
ユージーンはその思いだけで気力を振り絞り、梯子を登る。
一番下で二人を見上げながら登るノーマンは、焦っていた。
傷口から出血が止まらないのか、腕の感覚がどんどん失われ、頭もぼんやりしてきたようだ。
しかし、今自分が止まれば、同じロープを共有しているユージーンまで止めてしまうことになるだろう。
思った以上に軽快に梯子を登っていく老人に、気後れしている。
冷たい梯子を掴むたびに、全身がずしりと重い。
一歩登るごとに、どんどん重さを増す足は、まるで地獄の使者が引っ張っているのだと錯覚させるほど、昏い。




