第66話
罪に沿って
「ノーマン!」
小さなイブの手が、小口径の銃を叩き落とした。 カシャンと音を立て落ちた銃は、血だまりを作るバートンの体にぶつかった。
「ノーマン!しっかりして!」
ぼんやりとした視界で、落ちた銃を目で追うノーマンの頬を両手でつかみ、まっすぐ目を見るように何度か強く言うと、目に光が戻り、しっかり焦点が合った。
ノーマンの目を認めると、強く手を引き、赤い非常灯の合間に光るEVの案内板を頼りに、薄暗いフロアを移動する。
バートンは今すぐEVを登れば脱出に間に合うと言ったが、猶予は定かではなく、ノーマンも怪我を負っている状態なので、とにかく急がなくてはならない。
バートンを殺害したという事実、その余韻に浸ることも、心の整理をすることも許さず、今はひたすらに走った。
「ノーマン、ユージーンが!」
目的のEV近くのベンチに、ぐったりと座るユージーンの姿を見つけると、慌てて駆け寄り、その手を握る。
握った手は冷たく、かさかさに乾燥して生気を感じられないが、しっかり呼吸しており、まだ死んではいない。
ぼろぼろの老人は顔をのぞき込むイブの姿を見ると、心配そうな少女を安心させるために、大丈夫だよと最大限の嘘を吐いた。
「遅かったな、他の人は、どうした?バートンは?」
「・・・死んだわ。」
イブの言葉に、目をぎょっとさせたが、3秒もすれば現状を飲み込むようにゆっくり瞬きをして、深く頷いた。
「そうか、そうだろうな。いろんな音がここまで聞こえてきた。このフロアも、もう長くないのだろう。」
ユージーンはイブの手をそっと握り返し、もう一度ゆっくり瞬きをすると、覚悟を決めたような、深い意志をもった瞳でまっすぐ見つめるので、イブはごくりと唾を飲み込み、静かに頷いた。
「このEVの非常梯子を登るしかないの。」
「わかった、なら、まずお前さんからだ。その後に、わしらが続く。もし落ちてきても、お前さんくらいなら支えられるからな。」
ユージーンは乾いた手でイブの頭をぽんぽん叩くと、ノーマンをじっと見つめ、お互いがお互いの傷の状態を理解し、イブを一番先に行かせるのが現状で最善だと、アイコンタクトで共有した。
ノーマンとユージーンの怪我は程度がひどく、満足に動けるものではないが、イブが負った怪我、額の出血は既に止まっている。
本来なら怪我人から避難するべきなのだろうが、自力で20階分も登らないといけない上に、ひとりずつ、一列でしか登れない梯子で、先頭が動けなくなれば、だれ一人も助からなくなるので、一番助かる確率が高いイブから登らせる。
「まずはイブ、それから大家さん、最後に私が登ります。」
助かる確率で言えば、体力や年齢を鑑みてノーマンが次に続くべきだが、ユージーンを最後にすれば、きっとイブは頑として認めずに、最悪、自分が一番最後だと言い出しかねない。
短い付き合いながら、ユージーンもイブのそうした性格を解っているので、特に異論はなく、瞼を閉じて大人しく頷いた。
乗ってきたEVは相変わらずの惨状で、ガラスや破損した装飾、シャンデリアの欠片が転がって足の踏み場がない。
それでも足を踏み入れると、落下した時の状況がフラッシュバックして足がすくんでしまう。
ノーマンがイブの肩をぽんと叩き、「大丈夫」と微笑むと、EV備付のソファに上り、シャンデリアの横にある天井の非常パッチを
怪我をしていない方の片腕で力ずくで破壊するようにして開く。
イブはどうしようもない気持になって、片腕を天井に伸ばしたままのノーマンの体に抱き着いた。
突然の事にバランスを崩してソファから落ちそうになり、とっさに怪我をした方の手でイブの体に手を回して転倒を防ぐと、思わず抱きしめられてしまったイブは、そのままノーマンの首に手を回すと、登るように縋りつき、ノーマンの唇にキスをした。




