第65話
「ウィルソン君が下りてきたEVしか、もはや逃げ道はないと、気づいたんだろう?いいじゃないか、皆で梯子を登ろう。なに、僕とイブ・ブラウンなら登り切れるさ。まぁ、助かるのは僕だけだろうけどね。」
「何を言っているの?!」
「能満慈詠は怪我をしている。それも肩だ。僕は右足を撃たれたけど、登る分には、まぁ問題ない。」
「バートン市長、イブに手を出すな!」
「そうだね、どうだろうねえ。能満君が脱落した後に、僕はジョン・ドゥの血筋を全て消してしまうかもしれないね。」
イブを殺そうとしたバートンの殺意は、今まさに全員が死ぬかもしれない状況に陥っても、消えてはいなかった。
全員で梯子を登っている最中に、もし途中でノーマンが脱落すれば、バートンの言うように、イブは殺されてしまうだろう。
そして、それは全員で地上に脱出しても、変わらないかもしれない。 数々の証拠を持っていた保守派のAIサーバーは、爆破されてしまった。 あれから人工知能は何も言わってこないので、破壊されたのは間違いないだろう。
ならば残る権力者は、バートン市長ただひとり。
どうしたって、勝てる見込みなど、ない。
「・・・バートン市長、財宝も権力も、何もいりません。黙って私たちを見逃してはくれませんか?」
「それは難しい。イブ・ブラウン、君は顔だけではなく、DNAも世間に知られてしまった。」
泣き落とし、説得、どれも通じなさそうな相手に、ノーマンがわなわなと震えているのが、支えられた肩越しに伝わってくる。
イブは宥めるように、そっと震える手に自分の手を重ねた。
「私とイブは、このネムレスを出ていきます。だから、今、ここで死んだことにしてくれませんか。」
「だから、それは難しい。君のDNAは死んでも消えない。マスメディアは君たちの死体を探すだろう。死体が出なければ、ネムレスを出てどこまでも君たちを探すだろう。」
イブはノーマンにもたれ掛かり、上目遣いで見上げた。
こんなにも、どうにもならないような状況に陥るなんて、思ってもいなかった。 もっと、最悪の事態を常に想定して、もっと、慎重に動いていれば、こうはならなかったかもしれない。
ウィルソンを疑えばよかった、マチルダに何か保険をかけておけばよかった、のこのこと財宝の扉まで来るべきじゃなかった。
数えればきりがない後悔を飲み込んで、イブは再び強い瞳でバートンをにらみつけた。
「可愛い顔で、そんなに睨まないでおくれ。まぁ、まずはここを脱出しようじゃないか。今から登れば、三度目の爆発には巻き込まれないと思うんだよ。」
「脱出した後で、私を殺すのでしょう?」
「うん。まぁ、じゃあ、今ここで死んでおくかい?」
立ち上がったバートンは、スラックスを叩き砂埃をはらう。
赤い非常灯だけが灯る暗いフロアも、もうとっくに目が慣れた。
バートンは身を寄せ合う二人を見下ろして、鼻でふと笑うとEVに歩を進める。 その背中を、ノーマンが止めた。
「バートン市長、待ってください。」
「ん、なんだ・・・っ!?」
振り向いたバートンの胸に、鮮血が花開く。
パン、パン、パン、パン。
乾いた音がバートンにぶつかったのだ。
何が起こったのかわからない表情のまま、崩れ落ちるバートンをノーマンが冷たく見下ろしていた。
その手には、イブが握っていたはずの小口径の銃。
弾が出尽くした後も、ノーマンは冷たい表情をして何度もカチカチと引き金をひいていた。
ノーマンのいた大道寺祖廟の島国には銃がないので、勝手がわからず、どうしても過剰に引き金を引く癖があるらしい。
聖職者による再びの殺人。 しかし、ランダの時とは違う。
あの時のように混乱した状況ではなく、今回は自分の意思で、冷静に理解して人を殺した。
バートンの血まみれの手が、何かを訴えるようにノーマンの足を掴もうとしたが、力なく撫でるだけで、そのまま落ちた。
だらだら地面に流れる赤い血を見て、ふぅうとため息をつくと、今まで呼吸をしていなかったことに気が付き、全身が小刻みに震えはじめ、まばたきも、うまくできない。




