第6話
ふと、ノーマンの視界に赤い何かがよぎった。
(なんだ?)
それはタイトな赤いワンピースを身にまとった少女だった。
ざっくり背中が開いた大胆な赤いワンピースを着た少女は、公園の中をウロウロと行ったり来たりしているので、いやでも視界に入る。 どうやら、いろんな人に声をかけているようだ。
「お坊さん、お尋ねしたいのですが。」
案の定、ノーマンの元にもやってきた。
三角の笠の前でちょこんと座る少女は、大人っぽい黒いベルトと黒いピンヒール、黒のボブカットで、少し釣り目のまん丸な黒い瞳で、まっすぐノーマンを見つめている。
全体的に赤と黒のコントラストが美しい少女だ。
スペックでごちゃごちゃと外見を装う人ばかりのNLCで、飾り気のない少女の姿に、ノーマンは安堵と同時に、心配を覚えた。
「どうされましたか?」
「お坊さんは、人を救うのが仕事ですか?」
「さて、人を救う、ですか。」
少女はじっと真剣な瞳でノーマンの回答を待った。
十七歳程度にしか見えない少女の冷やかしかと最初は思ったが、その真剣な瞳に、ノーマンは同じように真剣に答える。
「・・・拙僧ごときが、人を救うなどと、おこがましい事です。拙僧は、人を導くお手伝いをするまでです。人が救われるのは、すべて、御仏の御心のままに。」
「つまり?救えないってこと?」
「救われるように、お手伝いをする、という事です。」
「じゃあ、私が助けてっていったら、救ってくれる?」
「拙僧にできることがあれば、お手伝いしましょう。」
ノーマンは一度合掌をして、にこりと優しいほほえみを見せた。
「誰も、相手にしてくれなかった。・・・役所の人も。」
少女は泣きそうな顔で背後にそびえたつ市街庁舎を指さした。
きっと何か事情があって、いろんな人に声をかけて回っていたのだろう。 どうして役所にいったのかはわからないが、この大都会で見知らぬ人に声をかけることは、どんなに怖かったことだろう。
「あなたは、何に困っているのですか?」
「どうしたらいいか、分からないものを持っているの。」
「さて、それは、一体なんでしょう?」
「今は、持ってない。隠してきたから。あ、明日!明日、もってくるわ。だから明日また、この場所で、この時間に会いましょう、ね?」
「ええ、それはもちろん。拙僧は暫く、ここにいますので。」
「良かった!じゃあ、お坊さん、連絡先教えて。」
「はあ、申し訳ないことに、持っておりません。」
「え?うそ・・・あり得ない!」
ノーマンは連絡手段を一切持っていなかった。携帯電話も、タブレットも、通信する手段は持ち合わせていない。 だからメモ帳で人に道を尋ねたり、アナログな手段でやってきたのだ。
「はぁ、まあ、お坊さんだもん。そういうこともあるのね。仕方ないわ、明日、また来るからね。あ、私は[エイダ]っていうの。[ADA]でエイダよ。忘れないでね!」
まくし立てるようなエイダの言葉に、ノーマンはほほえましい気持ちになった。 祖廟でも、テンションが上がった子供は前のめりで早口になっていたっけ。
「お坊さんの名前は?」
「ああ、これは失礼を。J・NOMANです。」
「オッケー、ノーマン。明日、かならずね!」
エイダは軽やかな足取りで嬉しそうに去っていく。
ノーマンは(普通の女の子もいるのだな)と呑気に構えて、その背中を引き留めなかったことを、後で後悔することになるとは思ってもいなかった。




