第59話
この場で銃を持っているのはウィルソンだけだ。 絶対的な権力者であるバートンはどうして拳銃を持っていないのか、危機管理能力が低いのではないかと、すこし恨めしく思えてしまう。
「ウィルソン君、君は、きっと、保守派からコンタクトがあったんだろう?この僕を、改革派を、バートン一味をネムレスから追い出すか、処分する手伝いをしてくれとでも言われたんだろう。」
ノーマンの背後から、バートンはどこか憐れむような、保守派を嫌う仲間のような表情をして、ウィルソンにそっと語りかける。
その言葉は図星らしく、ウィルソンの殺意が少し、揺らいだ。
「ええ、そうですよ。あなたをつるし上げる為に、処分するために手を貸してくれと言ってきました。」
「僕たちバートン一派を処分したところで、君が憎むオルド政権はなにも変わらない、そう思わなかったのか?」
「あなたたちが消えれば、おのずと保守派も消える。」
「そう言われたのかい?・・・くされAIに。」
「AI?」バートンとウィルソンの間に挟まれたまま黙って聞いていたノーマンが、予想外の言葉に思わず反応する。
AIとは、いうまでもなく一般常識的に人工知能の事を言う。
バートンは、その人工知能のAIの事を言っているのだろうか?
突然の単語に戸惑うノーマンに、バートンはチラと目くばせをすると、ふと小さく笑った。 ウィルソンは、それを見逃さず「ばかにしているのか」と小口径の銃をバートンに突きつける。
「とんでもない。オルドの莫大なサーバーをぜいたくに使った最高級の人工知能だ、ばかになんてしていないさ。まぁ、君は保守派がAIだなんて、思いもしなかっただろうが。」
「ああそうさ、あなたたちと真摯に戦う人達が、この最上階にいると思っていた。それがどういうことだ!保守派のトップがAIだと!?決定も指示も、全部AIが決めたことだと!?ウィルソン家はわけもわからないAIに取りつぶされたというのか!」
「それが許せなくて、爆破したのか?」
「・・・ええ、あなたたちを処分したら、保守派たちも一網打尽にしようと思っていましたのでね。計画が前後しただけです。」
「利用するだけ利用したって事か、せこいなウィルソン君は。」
「何とでも言ってください。」
「それで、爆発物はどうしたんだ?どこで手に入れた?」
「マチルダさんですよ。ショワンのビッグマザーの武力を、有難くちょうだいしました。」
ウィルソンはにやりと、何か吹っ切れたような笑みを浮かべ、小口径の照準をバートンの右足に向けると引き金を引いた。
パン、と乾いた音とともに、青いスラックスを突き破って真っ赤な鮮血が吹き出し、バートンが苦しそうなうめき声をあげる。
「やめてください!!」
言葉にならない声でのたうつバートンを全身で庇うようにして、ノーマンがウィルソンに悲痛な訴えを浴びせるが、ウィルソンにはもう響かない。
「どいてください、あとは、彼を殺せばこの復讐は幕を引ける、やっと終われるんです。オルドも、私も。」
「何を言っているんですか!そんなこと、許せません!」
「あなたこそ、何を言っているんですか、ノーマンさん。あなたは何も関係がないではないですか。ジョン・ドゥの子孫も財宝も、マチルダさんの息子の死も、ウィルソン家との関わりも、保守派と改革派の諍いも、あなたは何もかも、関係していない!」
何も関係がない。
それは気が付かないふりをしていたが、ふとした時にじんわりと感じられてしまう疎外感が突き付けてくる事実だった。
ノーマンは、エイダとイブに救いを求められ、口約束を交わしただけで、複雑に絡み合う今回の事件との因縁も、関係も、何もない存在、当事者になどなりえない、ただの第三者だ。
ああいや、途中で黒猫タトゥの大男、ランダをうっかり殺めてしまった事が、唯一彼を当事者せしめるのかもしれないが、他の者たちのように、深く、複雑に絡みあえるほどの事件ではないだろう。
ノーマンはこれまでずっと、どこか他人事で、深く熱く、わが身を焦がして粉骨砕身できなかったのは、自分は無関係だという大きな溝を抱えていたせいかもしれない。
その溝を指摘されて、さすがに、ズキリと胸が痛い。




