第56話
「さぁ、ウィルソン君に会ったら、聞いてみてください。」
バートンは面倒くさそうにノーマンの質問を切り上げ、EVの扉を開けようとするが、衝撃で歪んでしまった扉は固く、何度か勢いをつけて力を籠めると、何度目かでやっと開いた。
そばで横たわるユージーンに肩を貸し、老体が傷つかないようにそっと抱え、外に脱出する。
ノーマンとイブも、その後を続いて降り立ったフロアは、バートンの専用フロアのように真っ白で無機質だったが、建物全体に鳴り響くEMG警報と赤色灯があちこちで鳴り響き、赤と白しか存在しない不気味なコントラストの世界を醸し出していた。
このフロアには、白い柱がいくつも建ち、その柱や壁に絵画が飾られ、ふとした所に立派な彫刻が置かれていたり、またそれらを見るためと思しきベンチが点々としているので、表向きは美術フロアにでもなっているのだろう。
バートンは近くのベンチにユージンを座らせると、彼の前でひざまずき、老人のしわがれた両手をぎゅっと握った。
「どうか、まだ死なないでくださいね。」
「死にや、しませんよ。」
「約束ですよ。」
握った両手に額を押し当て、名残惜しそうにするバートンの様子に、二人の関係は長いのだろうと思わせるが、その深い絆や業みたいなものは、きっと明かしてはくれないだろう。
「さぁ、そろそろ、財宝の扉を開こうか。」
飾られた美術品と、二人の様子を遠巻きで交互に眺めていたノーマンとイブは、バートンの快活な口調に驚きつつも、静かに頷く。
財宝の入口、扉への到達、開け方は、ウィルソン家門外不出、誰も知らないはずだが、バートンは既に知っている様子だった。
落下してたどり着いたこの最下層は、地下20階だ。
隠された財宝にたどり着くための扉は、この美術館にしか見えないフロアにある。
バートンはスラックスのポケットから片目式の眼鏡を取り出し、壊れていなかいことを確認すると、装着し、電源を入れる。
これは一種のタブレットで、地図や案内はもちろん、別売りの専用チップを用いれば、商品鑑定から美術品の説明もデータ化して見える便利アイテムで、一般的に広く流通しているものだ。
バートンはフロアを適当に歩いているように見えるが、しかして目的をもって移動しているらしく、過去に印象派と呼ばれた絵画が並ぶ壁で、迷うことなく、右から二番目、上から一番目の船の絵の額縁を押すと、ガコンと音がして、絵画が壁に飲み込まれた。
次にバートンは、すぐ隣の白く大きな柱を触ると、小さく機械音がして、柱から親指大の白いスイッチが露出する。
スイッチを押すと、どこかでガコンと音がする。
再び歩き出したバートンは、極東の国で流行したモダンな掛け軸の前に立ち、ふむと顎に手を当て、しげしげと鑑賞していたが、おもむろに掛け軸を持ち上げると、隠されていたスイッチが現れる。
スイッチを押すと、またどこかでガコンと音がする。
その後も、バートンはロココ調の絵画や浮世絵、また柱、今度は床、と謎解きのようにスイッチをみつけ、迷う事なく押していく。
「スイッチには押す順番があってね。順番を間違えるとロックがかかって、三日は起動できない。」
「どうして、バートン市長が知っているのですか?その、それはウィルソン家しか知らないのでは?」
「どうしてって、教えてもらったからに決まってるでしょう。」
「一体、どなたにですか?」
バートンはノーマンの質問に答えず、これで最後と呟き、ラッパを吹く銅像の足の親指に擬態したスイッチを押すと、片目式眼鏡からチップを取り出し、ノーマンに手渡して見せた。
指の第一関節ほどの大きさのチップには、ウィルソンの名前が刻まれている。
「どうして、ウィルソンの名前が?」
「それはまごう事なく、ウィルソン家の情報だから。」
「ど、どうして、門外不出の、財宝の扉までのルートを、市長、あなたが持っているんですか?」
「300年の秘密より、孫娘が大事だったらしい。」
「え?」
バートンは言うなりじっとイブを見つめると、それまでやかましく回っていた赤色灯が止まり、フロアは美術館らしい落ち着いた静寂に包まれた。




