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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
渦中の奈落
54/58

第54話

 周囲の激しい音で気が付かなかったが、イブはずっと恐怖で叫んでいる。 イブの叫びと、激しい金属音と、うるさいシャンデリアにノーマンは情報を処理しきれないでいたが、ふと気が付いた。

 着ていたスーツジャケットをおもむろに脱ぐと、真ん中で激しく揺れているシャンデリアをジャケットで包み始める。

 「何をしている、能満慈詠!?」

 「も、もし落下すれば、シャンデリアが破裂して、凶器になります。せめて、それだけでも阻止しないと。」

 「君はばかか!落下すれば、シャンデリアどころでは・・・。」

 「それでも!ここはオルドの最高位施設でしょう!?EVは容易く落ちないはず、なら、被害を少しでも減らさないと!」

 「そ、そうか。そうだな、よし。」

 大人しかったノーマンの剣幕に気圧され、バートンはノーマンに従うように、自身もジャケットを脱ぎ、シャンデリアに巻き付けようとするが、EVの揺れと、自身の手の震えが邪魔して、なかなかうまく巻き付けられない。

 するとバートンの震える手からジャケットが剥ぎ取られ、振り向くと顔面蒼白のユージーンが背後にいた。

 「こんな時、なんの役にもたたん年寄りだが・・・わしも手伝いましょう。」

 揺れるEV内で成す術もない状況で、せめて少しでも被害を減らしたいと、身分の違う男三人が真剣にシャンデリアを包む絵面は、後にも先にも、この一時だけだろう。

 何とかシャンデリアを包み終えたが、根本的な不安は、こんなことで消えるわけがない。

 先の爆発でいかれてしまったのか、緊急通報はうんともすんともいわないし、電波欺瞞紙、つまり電磁波を妨害するチャフ攻撃も行われたのか、タブレットも通信が一切できなくなっている。

 ノーマンは再びイブを抱きすくめ、もしもの為にシャンデリアに背を向け、イブに被害が及ばないように覆いかぶさる。

 ユージーンはバートンを机の下に押し込み、自分はソファにしがみつくと、悲鳴を上げるEVに激しく揺らされ、高齢の身体に負担がないか心配になるが、今はまず、自分の事だ。

 机の下に押し込められたバートンは、そういえば、はるか数百年前の地震大国の避難訓練は、机の下に隠れる事が大事だとされ、そんなバカみたいに単純な避難があるのか、と笑っていたが、まさに今の自分がそっくりそのまま同じ姿で、先人の知恵は偉大なのか、バカにしてすまなかった、どうか助けてくれと、らしくもない神頼みを、そのパニックになった頭の中に巡らせていた。

 それからどれ程の時間がたったのか、きっと、数分も経っていないのだが、何十分にも感じられる狭い箱の中は地獄だった。

 耳をつんざくEVの悲鳴にも似た金属音が、最初は恐ろしかったが、今はこの悲鳴が生命の頼みの綱だ。

 きっと、この金属音が途切れた時、EVは何の抵抗もなく、そのまま地下までまっしぐら、地面との衝突は免れないだろう。

 誰も何も言わなかったが、誰もが金属音に縋る心持でいる中、その最悪の瞬間は訪れた。

 EVの悲鳴が、消えたのだ。

 あっと思った瞬間、浮遊感が体を包むと、明らかに落下している感覚が無情にも襲ってくる。

 スーツのジャケットに包まれたシャンデリアは、天井にへばり付き、ユージーンの体が宙に浮くのを見て、バートンが慌てて足を掴み、老体が天井に流れるのを阻止する。

 ノーマンは柔らかなソファにイブを押し付け、上にかぶさる自身の体が浮かないように、力を込めた。

 「やばいやばいやばい!あっは、まさか、こんなことって!」

 アドレナリンが出て興奮しているのか、バートンはまるでジェットコースターに乗る子供のように、楽しそうに笑い、こらえきれないといった様子で目じりから涙を流している。

 権力者らしからぬその姿に、ノーマンはふと先日のバートン市長の演説を思い出した。

 そういえば、若者にいたく支持されているようで、傍聴者とも仲が良さそうだった。 もしかしたらバートンの出自はうやうやしいものではなく、地に住まう一般市民で、今の地位は自らの手で勝ち取ったものなのかもしれない。 そう思うと、妙に納得する。

 落下は、ほんの数秒だった。

 あっという間にEVは激しい衝突をともなって停止し、テーブルもシャンデリアも、ノーマンたちも、狭い箱の中でシェイクされたように入り乱れ、静寂が訪れた。

 鈍い痛みが全身を襲う。

 身体を動かせば、チクリと鋭利な痛みも走る。

 (あ、シャンデリア。やっぱり、包んでおいて正解だった。)

 イブを抱えて床を見つめていたはずのノーマンは、あおむけの状態で目を覚まし、ぐらぐら揺れるシャンデリアを見つめていた。

 シャンデリアは所々装飾が壊れ、ジャケットも一部突き破っており、誰かの血をぽたぽたと滴らせている。

 手を動かすと、柔い感覚があたり、ぎゅっと握られた。

 「ノーマン、ノーマン。大丈夫?」

 イブだ、イブが手を握っている。

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