第53話
渦中の奈落
地下直通のEVは、ここ市長専用フロアの29階と、最上階の30階にしか出入口がなく、本当に限られた人物しか利用できない。
ウィルソンの父が29階か、30階のどちらから乗ったのかは不明だが、今、ノーマンたちはバートン市長の手引きで、29階から地下へのEVに乗り込もうとしている。
「僕は市長なのにさ、最上階じゃないんだ。」
「最上階には、何があるのですか?」
「忌々しい、保守派のフロアだよ。」
「そ、そうなのですか。」
「もしかしたら今、上にウィルソン君がいるかも知れないね。」
ハハハと笑うバートンに、ノーマンは苦笑いをかえす。
とてもじゃないが、笑える話ではない。
長年の確執と恨みが深そうなのに、お互いにワンフロア上下階の近い距離で過ごしているなんて、気が気ではないだろうに、権力者というものは、頭のねじがどこか外れているのではないだろうか。
バートンの後について歩くと、真っ白な廊下の先に、赤と金の豪華な装飾が施された扉が堂々と待ち構えており、その横でユージーンが待っていた。 どうやら、EVの準備をしていたらしい。
「おまたせ。」
バートンが片手をあげて見せると、ユージーンがEVの扉を開ける。 そうだ、この建物のVIPなEVは、流行っているのか、何故か手動開閉だった。
EV内は広く、壁にぐるりとコーナー型にソファが備え付けられており、真ん中には丸いカフェテーブルと、頭上にシャンデリア。
壁はロココ調ヴィンテージライクな壁紙で、少し落ち着かない。
「地下には、大規模なスパコンとサーバー室、歴史文献に重要資料と、災害時の備蓄や大量の重火器が揃っている他、言えないものもたくさん保管されている。まぁ、君たちは知っているよね。」
「ええ、知っています。ウィルソンさんのお父さんが遺した資料にありましたので。」
「そんなトップシークレットの領域に入れるなんて、そうそうないことだ。良かったね、能満慈詠。」
「・・・あの。」
「今日はそのトップシークレットを通り越して、深淵に行くわけだ。どうだい、ドキドキしてる?イブ・ブラウン?」
バートンはわざとなのか、テンションが上がっているのか、イブとノーマンに悪戯っぽく笑い、鬱陶しく絡む。
イブは不機嫌そうに、柔らかなソファに、どかっと座ったところで、ユージーンが扉を閉め、地下へのスイッチを押した。
EVは静かに、少しの機械音を鳴らして下りていく。
バートンはイブとノーマンの真ん中に座り、両手を広げ、足を組み、まるで王様だとでもいわんばかりの、不遜な態度だ。
カタカタ、カチャカチャと、揺れるシャンデリアが音を鳴らす。
「おや、ユージーン。何か変じゃないか?」
「そうですね、何か、少し、揺れますね。」
シャンデリアの金切り声をバートンが訝しんだ時、それは起こった。
突然、爆発音が響き、EVの狭い世界が揺れたのだ。
爆発音を認識した刹那、まるで鼓膜が破れたのかと思うほどの静寂に包まれ、激しい頭痛に見舞われ、視界がぐるぐる回る。
シャンデリアはより一層激しく音を立てながら揺れ、さらに追い打ちをかけるように、もう一度、ドン!と爆発音が鳴り響くと、次はギィイイーと嫌な音が響き渡る。
まるでEVが落下するものかと、踏ん張って堪えているような、激しく抵抗する金属音は、一生分の恐怖を、全員に平等に与える。
「ユージーン!なんだこれは、どうしたんだ!」
EVの金属音に負けじと大声を張るバートンに、ユージーンは床にはいつくばって丸まるだけで、何も答えない。
無理もない、ユージーンがいくら幅を利かせた情報屋だとはいえ齢七十か八十のお年寄りだ。 こんな状況に対応できないだろう。
ノーマンは目の前の机を飛び越え、向かいに座っていたイブに飛び掛かり、しっかり自身の胸に抱きすくめていた。




