第52話
困惑し、不安からの衝動で口元を手で覆い、ぐるぐる思考を巡らすノーマンに、バートンは優しい口調で続ける。
「アイザック・ウィルソンは、保守派の手に落ちた。今や、彼らの言いなりです。」
「ウィルソンさんが、保守派?一体、どういうことですか?」
「彼は、僕を、このジョシュア・バートンを、これでもかと恨んでいるからね。保守派と意見が一致したのでしょう。」
「しかし、ウィルソンさんは、オルドの役所を、この街全体を恨んでいるのでは?」
「まぁ、この街や政界そのものを恨むよりも、人間を恨む方が、色々と果たしやすいんでしょう。彼は、何も知らないし。」
「何も知らない?」
「ええ、彼のお父さんや家族を殺したのは、誰か?」
「確か、オルドの役所が殺したと・・・。」
「役所が?この建物が意思を持って、人を殺せるとでも?」
バートンは両手を広げて鼻で笑いながら冗談を言うが、今のノーマンたちにそれに答える気力はない。
「まぁ、ウィルソン君はきっと、オルドの役所の上層部、幹部、組織の意向で殺されたと思っているのでしょうが、それは実に曖昧ではありませんか?」
「実際、どうなのですか?」
「実際、そういうものが殺したのでしょう。」
「なら、間違っていないではないですか。」
「しかし、僕は一言も、ウィルソンを殺せなんて言ってない。」
「・・・個人の意向ではなく、集団の意向なら、その集団をまとめているトップは、あなたです、バートン市長。なら、長であるあなたの意向と取られますよ。」
「これは、言葉が足りなかったかな。僕は、そうした会議にすら参加していない。ウィルソン君の身内が亡くなって、彼が退職させられたのを知ったのは、彼が去ってしばらく経ってからだった。」
「なんですって?」
「いいかい、能満慈詠。今、この街のハンドルを握っているのは僕じゃない。保守派だ。彼の身内を殺す決定をしたのも、間違いなく保守派だろうね。」
「な、なら、ウィルソンさんは、身内を殺した人間たちと、今、一緒にいるってことですか?」
「そうだよ。ウィルソン君が、それを知ってるかどうかは、わからないけれどね。聡い人だから、承知の上かもしれない。」
「ね、ねぇちょっと待って!マチルダおばあちゃんと、スリーはどうなってるの、大丈夫なの!?」
ノーマンとバートンが作る二人だけの深刻な世界に、イブは口を出せずにいたが、このまま深淵まで話が進めば忘れられてしまいそうで、どうしても心配で仕方がない感情を吐き出した。
息子を亡くしたばかりで、もう一人の息子もつかまって、あまつさえ、自身も囚われの身になっているのだとしたら、そんなに心苦しいことはない。
「ああ、そうか、君はおばあちゃん子だったね。まぁ、正直、彼女たちの安否はわからない。彼の息子が機転を利かして、兄弟一人だけでも助かるようにって、収容させたくらいだから。」
「収容?それって、ワンの事!?」
「そう、ワンの事。保守派の手に落ちないように、と藁にもすがる思いだったのだろうけど、思った以上に罪状が重くて、どうなることやら。」
バートンはショワンでの様子を情報屋ユージーンから聞き、事件の全貌を把握していた。 ウィルソンの裏切りは、マチルダたちがショワンで待機している時に突然起こり、高齢のマチルダはすぐ拘束され、彼女の手下、若い衆は手出しができなくなった。
スリーは別室のサーバー室にいたため、少しの間籠城し、状況を把握すると、せめて兄弟だけでも助けたいとユージーンに連絡し、警察に逮捕、保護させるという強硬手段をとったのだ。
愛しの母が人質となったことで、籠城はまもなく崩壊、その後の情報は途絶え、情報屋ユージーンも把握できなくなったため、安否がわからない。
「ウィルソン君のおかげで、僕は今、大ピンチでね。もう、行かなくちゃいけないんだけど、君たちはどうする?」
「どうする・・・って?」
「一緒に来るかい?噂の、財宝の在り処へ。」
バートンの言葉はとても軽くて、ちょっと一緒に買い物にでも行こうか、くらいのトーンだったので、一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
あれほど、みんなが、誰もが苦労して画策して、死人まで出した財宝の入り口を、何でもないように吐き捨てるバートンを、少しうらめしく思ったが、ここで立ち去ることなどできない。
「もちろん、行くわ。」イブが緊張した声で答える。
「そのために、ここまで来たんです。」続くノーマンの声は、緊張しておらず、柔らかかった。
「良かった。断られたら、殺すところだった。」
二人の返事を聞いたバートンは、とても安心した様子で、物騒な言葉をさらりと笑顔で吐き捨てた。




