第50話
見えない騒動
狼狽えるノーマンの口から「なぜ、市長さんがここに。」ぽつり零された独り言を、バートン市長は鼻で笑う。
どこに売っているのか見当もつかない高級そうなブルーの生地のスーツは、バートンにぴったり誂えられ、どこにも隙が無い。
よく手入れされたブロンドの前髪が揺れる度、良い香りが漂う。
「なぜって、このフロアは、僕だけの、市長専用のフロアだ。なぜここに?は、僕のセリフだよ。」
「市長の、フロア?」
こんなにも病的になフロアが、市長専用フロアだと? ネムレスの権力者らしからぬ、殺風景さは、どうしたことだろうか。
こうした権力者は、もっと贅を尽くしたインテリアで整えられた豪華絢爛な部屋をもらっていると思っていたが、バートンは倹約家だとでもいうのだろうか?
それより、どうしてユージーンは当然のように市長のフロアに降り立ち、何の違和感もない顔をして、バートン市長の横にうやうやしく佇んでいるのだろうか。
「まぁ、かけたまえ。疲れただろう、二人とも?」
ノーマンとイブを、目の前の赤いソファに座るよう促すと、間に置かれた大理石のテーブルに置かれたベルを、チン、と鳴らした。
ベルの音に導かれるように、秘書か、メイドか、どちらか解らないが、使用人のような女性が、人数分の紅茶を配膳する。
その女性はノーマンたちをチラとも見る事もなく、まるでロボットのように無表情で、無機質な動きで立ち去った。
「よく来たね、能満慈詠に、イブ・ブラウン。ああ、今ここではエヴァとジェイ、だったかな。」
「やはり、私達の事をご存じなんですね。」
「まぁ、僕は市長だから。」
バートンは紅茶を一口、舐めるように口にすると「毒は無いよ」と笑って見せた。
「小火騒ぎに、幽霊騒動。ネットでカルト軍団が騒いでるよ。呪われたオルド庁舎を断罪せよ、って。困ったな。」
バートンはそっと紅茶カップをソーサーに置くと、背もたれに深く背中を預け、微笑を浮かべたままノーマンを眺めた。
「だけど、エイダとキムの殺人犯を連れてきてくれた。」
「あなたが仕組んだことなのですか?」
「さぁ、何を、どこから、どこまでの話かな?」
バートンは両手を広げて、わからないといったジェスチャーで肩をすくめて見せた。 権力者らしからぬ、ひょうきんな表情で。
疑えば、最初から何もかも仕組まれていたような気がする。
ワンに着せられた濡れ衣のひとつであるキム殺害の犯人はランダだが、ランダはオルドの役所に人間に殺害の依頼を受けた、と言っていた。 死に際のその言葉は、とても嘘には思えなかった。
その時から画策されていたのだろうか?しかし、ツーの死と、それによるマチルダの参戦は、とても計算された事だとは思えない。
そもそも、キムはどうして殺害されたのだったか?
「キムさんから、何か受け取りましたか?」
「ほお。」
ノーマンの言い回しに、バートンは感心したような声を漏らす。
もしここで、キム殺害を依頼したのは役所の人間か、あなたではないのか、なんて質問すれば、もう既に犯人は拘束されているのだから、NOと言われ、それ以上何も質問が出来なくなるだろう。
ランダがキムを殺害したのは、キムが持つ《カギ》を強奪するためだった。 そして、カギはドローンで送られている。
オルド庁舎28階の展望フロアには、ドローンの基地がある。
ドローン発着の大本だ。 検閲も精査も簡単にパスできる上、市長ならば秘密裏に受理することだって可能だろう。
「僕は毎日大量の荷物を受け取るが、その中に、キムという人からの荷物も、あったかもしれない。」
「つい最近の事ですよ。中身は、カギだったはずです。」
「ああ、そうだね、最近の事だ。それで、僕がカギを受け取っていたとして、それがどうかしたかい?」
「受け取った、と解釈していいですね。」
「どうぞ。それで、なにか?」
バートンとのわずかな会話の駆け引きに、ノーマンは疲労を覚えたが、だからといってやめるわけにはいかない。




