第5話
今日もスモッグが薄く、朝日がまばゆく世界を照らす。
ラジオも今日はいい天気だから外に出ろと騒ぎ立てている。
ノーマンは三角の笠を脇によけ、深々とお辞儀をした。
「お世話になりました。このご恩は、必ずいつか。」
「気長にまってるよ。何かあれば、帰ってきなさい。」
部屋はまだ余っているんだからと、大家は名残惜しそうにノーマンの肩をぽんぽんと叩いた。
ノーマンは笠を目深にかぶると、小さく会釈をしてアパートに背を向ける。 背後ではまだ大家が見送ってくれている。
大通りに出てアパートが見えなくなると、なんとなく寂しいような切ないような気持になった。 見ず知らずの世界で一人というのは、なんと落ち着かないことだろう。
胸の内に湧き上がる不安をかき消すように、顔を上げた。
昨日はあまり分からなかったが、どうやらこの街は観光地のようだ。 多種多様な人達が行きかい、街を一望できるテラス席のあるカフェが何軒も並んでいるし、写真を撮る人たちも多い。 あの三人組も、きっと住人ではなく観光客だったのだろう。
大都会を観光する人、最新のスペックを導入するためにくる人、一発あてようと出稼ぎに来る人、取引先に営業するサラリーマン。
そして、留学しにきた僧侶。
NLCに留学に来る僧侶は、ノーマンだけでも、祖廟だけでもない。 他の地域の大道寺の僧侶も、NLCに留学にきているのだ。
その証拠に道路を挟んだ先の公園で他の僧侶が托鉢をしている。
その僧侶は、遠目にノーマンの姿を認めると小さく会釈をした。
ノーマンもそっと会釈をしかえす。
(さて、私もまずは、やるべきことを。)
ノーマンは、昨日大家に教えてもらった大きな公園を目指した。
NLCの大きな市街庁舎の足元に、その公園は広がっている。
人工の青々とした木々で囲まれ、ワンボックスのキッチンカーもちらほら出ており、ベンチとゴミ箱はいたるところに設置され、数台のお掃除ロボットが徘徊しており、とても清潔だ。
中心に大きな噴水がシンボルのように建っており、ホログラムが色とりどりに美しい水の流れを表現していた。
噴水の近くに座ると、笠を自分の前に逆さにして置いた。
托鉢をするためだ。
笠に飲食物やお金などをいれてもらい、それを頂いて生きる。
自分が生きるための衣食住を、他者にゆだねるといっても過言ではない。 そしてノーマンに施した者は、見返りに徳を積む。
座禅を組んで瞑想していると、ここがNLCだという事を忘れそうになる。 どんな喧噪の中でも、瞑想中はしずかだ。
ふと集中が途切れ、公園に設置されている電光掲示板から流れるニュースが耳に入ってくる。
(そういえば、NLCは・・・別の名前があったか。)
NLCは300年ほど前に出来た都市だ。
[大惨事]と呼ばれた第三次世界大戦が終わって、混沌の中で生まれた都市。 都市の名前をつけるのも、揉めに揉めたらしい。
当時の市長が、最終的にヤケクソで、[NameLessCity]、名前のない街、ネームレスシティと名付けてしまった。
そこから無理やり頭文字を取って、NLCになったのだとか。
そして通称「ネムレス」と呼ばれている事、そして、当時の市長の名前が[ジョン・ドゥ]だという事を、大家は教えてくれた。
(名無しの権兵衛か。)
ジョン・ドゥは名称不明の人物に対してつけられる通称名のようなものだ。 300年前のNLCの市長の存在は、現存する資料も少なく、なんとも不透明らしい。




