第49話
「どうして、こんなことに・・・。」
「エイダを殺したのは、ワンだ。」
「だから、それは!」
「今はそんな事より、やるべき事があるんだろう。」
「そんな事、って!」
「そんな事だよ、嬢ちゃん。大きな目的の前ではな。」
(大きな目的?)
ユージーンの言葉に、ノーマンは違和感を覚えた。
イブは突然の現状に混乱して、うまく状況を考えられないようだが、ノーマンの頭はやけに冷静だ。
このネムレスでは、思いもかけない事が次々に起こる、という事を、その身を持って知ってしまったからだろうか。
だから突然のユージーンの行動も、驚きはしたものの、否定はせずにしっかり受け止め、飲み込んだ。
とすると、ズレのようなものが、見えてくる。
イブの目的は、エイダ殺害の犯人を見つける事で、ジョン・ドゥの子孫や財宝は、そこについてきた《オマケ》のようなもの。
ユージーンもイブの目的を知っているはずなのに、真相はどうあれ、エイダ殺害の犯人を明らかにするという目的を果たしてしまった。 ともすれば、もう、イブはオマケに用はない。
《大きな目的》がそのオマケの事を言っているのならば、オマケを目的としているのは、イブではなく、ユージーン自身だ。
背筋にゾッと悪寒が走る。
もし、もしそうだとしたら、この人は一体いつから、財宝を狙って画策していたというのだろうか?
少なくとも、出会った当初はそんな目論見など無かったはずだ。
かくも権力と財宝は、人を簡単に裏切りのユダにしてしまうものだろうか。
「あぁ、ああ・・・ワン、こんなことって・・・。」
イブはEVの壁に背を持たれて座りこみ、唇をかみしめている。
イブがこんなにも打ちひしがれているのは、スリーのこの先を思えば、仕方のないことかもしれない。
2人の殺害容疑、ビジネスマンの拉致と、スパイ容疑。
殺害容疑はいうまでもないが、ここオルド庁舎に出入りするビジネスマンは殆どが富裕層で、少なからず権力を持っている。
その権力者をスラムに住む貧困層が拉致するなんて、とんでもない事態であり、侵入を許したオルド側の落ち度でもある。
何を目的にしたスパイ容疑か明らかにされていなかったが、もしも国家転覆を狙うテロ目的なんてかけられれば、どうあがいても極刑は免れないだろう。
「あの、大家さん、スリーさんが、承知してるって、一体どういうことですか?」
「ああ、スリーは承知している。理由があるんだ。」
「ワンさんを殺すに値する理由ですか?」
「・・・まだ死ぬって決まった訳じゃない。そう、怒るな。これは仕方のないことなんだよ。」
「どういうことですか?」
「マチルダばあさんが、捕まったんだ。」
「え!?」
ノーマンが驚きの声をあげたと同時に、キーン、とEVが到着したことを告げるベルの音が鳴り響いた。
はっとEV内の電光掲示板を見上げると、表示は《29階》。
「29階?お、大家さん、展望フロアは28階では?」
「ああ、展望フロアは28階だが、目的地はここだ。」
ノーマンは、なぜだか見知らぬ土地にひとり置き去りにされてしまったかのような、絶望にも似た不安に襲われた。
聞いていた目的地とは違う場所に、あたかも当たり前のように連れてこられ、しかもそれが敵地ともなれば、平気ではいられない。
不安のままEVの扉が開かれると、外はまばゆい光で溢れ、扉の前に立つユージーンの姿が、逆光で見えなくなるほどだった。
ユージーンによって作られた大きく暗い影が、ノーマンと、座り込んだままのイブを闇に染める。
ユージーンは少し笑って、光の中へ歩を進めた。
EV内に取り残された二人は、茫然と顔を見合わせたが、置いて行かれないように、ユージーンの後を追った。
外に出ると、壁も床も天井も、何もかもが真っ白で、暗いところが一つもない、病的に清潔なフロアだった。
幾つか部屋があるようだが、扉もすべて真っ白で、異質に感じられる中、フロアの中央に真っ赤で大きなソファが、大理石のテーブルをはさんで印象的に置かれていた。
そのソファに、退屈そうにタブレットをいじっている人物がゆったりと座っている。
「お待たせしました。」ユージーンがそっと近寄り声をかける。
「よく来たね。待っていたよ。」
その人物の顔を見て、ノーマンとイブは、驚愕した。
「やぁ、覚えてる?《ジョシュア・バートン》だよ。」
思いもがけず、あの公園で偶然遭遇した現市長が、そこにいた。




