第47話
「身分IDの無いワンに、身分を知られたら困る上に顔を知られている嬢ちゃん・・・エヴァと、ジェイを正面から堂々と招くわけには、いかんかったのよ。」
「IDなんてどうとでもなるだろ?」
「ワン、あんたが入った地上1階の業者用ゲートは、オルドの管轄じゃないから通れたんだぞ。オルドをあなどるな。」
「ああ、そういや、そうだった。ゲート、ゆるかったぜ。」
両腕を組んで、思い返すように宙を眺めるワンを退かすようにして、イブが身を乗り出してユージーンの両手を掴み、握った。
「だいぶ無理したって、大丈夫なの?」
「おお、心配させたな、大丈夫だよ。なに、ちょっと未解決事件の犯人の情報を、教えてあげただけさ。」
「それって・・・。」
人身御供だ。 どうにもならない未解決事件を、でっちあげの犯人を用意することで、あたかも真実のように繕い、解決させる。
それは珍しいことではなく、警察と繋がっている裏組織、黒い団体は、よくそういった取引をしている。
しかし、差し出された人は、当然、犯人などではない。
イブは、ネムレスに生まれ、ネムレスで育ってきた。 だから、こんなことはよくある話で、胸を痛める必要はないとわかっているのだが、どうにもバツが悪い。
それよりも、今までこうした世界と無関係だったノーマンの事が気になって、そっと表情をうかがってみる。
ノーマンは、無表情だった。
何も感じていないような、全て飲み込み受け入れているような、どちらとも取れるその表情に、イブはズキリと胸を痛めた。
その様子にユージーンは気が付かないふりをして、ワンの肩をぽん、と優しく叩き、やけに柔和な口調で話しかけた。
「じゃぁ、そういう事だから。悪いな、ワン。」
「え?ああ、何?俺はここまでってこと?」
「ああ、そうだ。いずれにせよ、清掃業者は展望フロアに入れないからな。」
「ふ、ふーん。まぁ、そうだよな。じゃあ、ここで待機か、自力で脱出すればいいのか?」
「いや、あんたは、ここまでなんだ。」
ユージーンは右手を挙げて、天井の監視カメラに人差し指でなにか合図をした。
その様子に訝しんだワンが、何だと声を上げる間もなく、一番近くの部屋から、勢いよく、警察がどかどか足音を立てて現れ、あっという間に囲まれてしまった。 その数、10名。
しっかり鍛え上げられた彼らの屈強な体は、ダサいポリススーツによく似合っており、それぞれの役割があるのか、銃を持つもの、シールドをもつもの、捕縛縄を持つものなどがいる。
イブとノーマンは、ユージーンに手を引かれ、気が付けば、シールドを持つ警察の背後に守られていた。
今、警察の包囲の真ん中にいるのは、ワンだけだ。
「手を頭に乗せてひさまずけ、早くしろ!」
「な、なんだよこれ!どういう事だ!説明しろ!」
「しゃべるな、早くしろ!」
「おい、ユージーン、ユージーン!」
ワンは大勢の警察に銃を突き付けられ、促されるまま両手を頭に乗せ、ずるずると膝立ちの姿勢になる。
体はぶるぶる震え、しかし、口だけは達者にユージーンを責め続け、戸惑いと、怒り、不安がこの場に広がり響く。
「お前はオフィスフロアからこの二人を拉致し、脅し、スパイ工作を画策した現行犯で逮捕する。」
「はぁ!?スパイ?ふざけるなよ!」
「加えて、先日のエイダ・ブラウン殺害の容疑もかかっている。逃げられんぞ、大人しくしろ。」
「・・・・は?」
警察の声はしっかり聞こえたはずなのに、頭に入らない。
エイダを殺したと、そういっただろうか。
思いもよらない言葉は、この場の時が止まったかのように錯覚させるには、十分だった。
「さらにお前には、キム殺害事件に関与している疑いがある。」
「はぁ!?ふざけるなよ、キムを殺したのは、俺じゃない!」
「なら、エイダ殺害は認めるんだな?」
「ばか!俺はどっちも殺してなんかいない!」
「エイダ殺害現場に、お前が居たのは調べがついている。」
「ふざけんな!それは、あんたら警察がチャッチャと来ないからだろうが!」
「話は留置室でゆっくり聞かせてもらう。」
ワンは抵抗する隙も与えられないまま、後ろ手に拘束されると引き摺られるように立たされ、そのまま奥へ連行されていく。
ああ、この警察フロアの留置室になんて、これっぽっちも関係がないと思っていたのに、まさかこんな形で関係するとは、誰が想像できただろうか。




