第45話
ここ15階の監視カメラは、スリーがダミー映像に切り替えてくれているはずだ。 ここで、もし監視カメラを気にする素振りでも見せれば、挙動不審で怪しまれてしまうだろう。
だから今は、スリーを信じて、堂々と振舞うだけだ。
すると「どこが汚れてましたかぁ?」と、ワンが小芝居を挟む。
「しっ!やめて。そういうの、いいから。」
イブが背後からワンを小突いて忌々しそうに咎めた。
少し速足で、事前に確認した内階段まで向かう途中、一部ガラス張りになったオフィスから視線を感じたが、3人ともが堂々としているので、特に咎められることも、それ以上に気にされることもなかった。 運悪く真正面から人が歩いてきた時も、手元の資料に夢中な様子で、我々とすれ違ったことも気が付いていないだろう。
内階段までは、さほど距離は遠くないが、ガラス張りオフィスの人たちの様子に気が気ではないし、心臓が、ばくばくと早鐘をうつので、いやに長く感じてしまう。
うまく自然にふるまえているだろうか?
自然と大きくなる歩幅に、思わず走り出したくなるのを堪えて、長い時間、しかし、あっという間に内階段に到着した。
内階段のすぐ隣には、通常EVが設置されている。
さぁ、では内階段へと足を踏み出そうとして、声をかけられた。
「あの、もうEVがきますよ。」
EVを待っていた、このフロアに詰めている企業の人間だった。
彼はノーマンたちに善意で声をかけている。
通常時なら、なんて有難いことだろう。 しかし、我々はこのEVに乗る資格も、IDも持ち合わせてはいない。
(やばい、どうする!?)ワンは、焦った。
清掃業者姿のワンは、この企業の人間に返事をすることができない。 何故なら、彼はワンではなく、ビジネスマンに扮しているイブとノーマンに話しかけているからだ。
「ありがとうございます、助かります。」
ノーマンは、室内だというのに帽子をかぶったままという違和感をかき消すほどの、自然で、優しい声音で返事をした。
「何階ですか?」
「実は、この階段で粗相がありまして・・・。人知れず処理をしたいので、内緒にしていただけますか?」
ノーマンは、彼が違和感を感じてない事を察して、そっと近寄ると口元を手で覆いながら、わざと焦ったような早口で耳打ちした。
「え、粗相?」
彼が不思議そうにして、ちらと周囲に視線をやると、イブの姿が目に入った。 イブはとっさに、両手を体の前で組んで、恥ずかしそうに俯き、ばつが悪そうなふりを見せた。
「あ、あー・・・、それは、失礼しました。」
彼は何を納得したのかはわからないが、少し頬を赤らめて片手で頭を掻いて、申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。
「それでは。」ノーマンも軽く頭を下げると、先頭きって階段へ歩を進める。 その後ろをワンと、もじもじした様子のイブが続いて、三人は階段へと消えていった。
少し階段を歩いて、イブが不機嫌そうにノーマンの背中を抓る。
「粗相って、何よ!なんで、私なのよ。」
「あなただとは、言っていません。彼が何を思ったかは知りませんが、結果としてよかったじゃないですか。」
「・・・ジェイ、なんだか、したたかになったわね。」
「それは、ありがとうございます。」
「別に、褒めてないわよ!」
イブはノーマンの背中をわざと軽く殴って不機嫌を表現する。
こんな時なのに、和んでしまうのは、いけないことだろうか?
少なくとも、緊張で体を固くして動けなくなるよりは、マシだろう。
16階、17階18階と、誰にも会わずに階段を登っていると、唐突にこの階段は永遠に続くのではないかという錯覚に襲われる。
階数が表示された、この踊り場の数字は、正しいだろうか。
思えば、ツーが死亡してから、あれよあれよという間に話が進んで、気が付けばここに立っている。
何が、どの判断が正しかったのか、まだ道の途中の今は、わからないが、どうかこの道が、この息切れを引き起こす苦しい階段が、間違っていないことを祈るばかりだ。
ノーマンが階段に無駄な祈りを捧げていると、目的の20階へと到達した。 踊り場に、20の数字がまばゆく光っている。
「なんとか、到着しましたね、20階。」
「そうね、この階段も、ここで終わりなのね。」
オルドの市街庁舎は、30階まであるのだが、この20階が最上階だといいたげに、階段の続きはなく、冷たい壁があるだけだ。
さて、ここからが本丸だ。




