第43話
「ワンさん、どこにいますか?」
慣れないスーツと、視界を覆う黒煙に焦り、ノーマンはもたもたと中腰で宙を手探り歩く。 イブはというと、潔く地面に伏して、四つん這いになって移動している。
やがて、厨房内の貨物用EVの表示が見えた。
「おお、ここだ。早く行こうぜ。」
近づくと、中からワンの声が響いてきた。
ワンは清掃業者として貨物用EVで厨房に侵入し、小火騒ぎを起こした後、緊急停止したこのEVを見て、これ幸いと中に隠れていたのだ。
「このEVの横の非常階段に出るぞ。」ワンが重たくなったEVの扉を自力で開けながら、ノーマンたちの行動を促し、急かす。
合流できた安心を分かち合う暇などないのだ。
今は早く、この黒煙が身を隠してくれている間に、この黒煙に飲み込まれないうちに、脱出しなくてはいけない。
まるで映画のワンシーンのような状況に、高揚感を感じている自分に気が付いて、ノーマンは自嘲した。
こんな状況に高揚するなんて、これまでの出来事が悲惨すぎたせいで、感覚が麻痺しているのかもしれない。
貨物用EVのすぐ隣にある非常階段は業者専用で、さきほどノーマンたちが通過した非常階段とは、清潔さも広さも、何もかもが天と地ほど違った。
高層階だというのに屋外に剥き出しに設置されており、踊り場には段ボールが乱雑に積み上げられ、階段の幅は狭く足がはみ出てしまうし、雨ざらしのせいか、手すりも錆がひどく、心もとない。
正直、この階段を何階ものぼるのは、気が気ではない。
「ぅうん、・・・ここを、どこまで登るんだっけ?」
「20階まで行くぞ。怖いのか、エヴァ?」
「・・・平気よ、ワン。これくらい、なんてことないわ。」
先頭にワン、続いてイブ、最後にノーマンの順番で、ここ12階から20階まで、この錆びれた空中階段を上らないといけない。
ノーマンは、もしイブが転落してきても、しっかり受け止められるようにと、一歩一歩、足に力をいれた。
1階のぼるたびに、ワンは非常階段の扉を凝視する。 清掃業者と、身なりのいい一般客が非常階段を這っているなんて怪しすぎる状況を見られては、言い逃れは難しいだろう。
しかし、非常階段の扉ばかりを注目していたワンは、思わぬ敵に背後を取られてしまう。 空域の目、ヘリだ。
オルド市街庁舎、安心安全で一般利用可能のレストランでまさかの小火騒ぎ。 マスコミがそんなゴシップを逃すわけがなかった。
2台のマスコミのヘリが、オルドの庁舎をぐるぐる回って撮影している。 屋外に設置されたこの非常階段は、空の目から隠れる場所はなく、丸見えだ。
「まずい、マスコミだ。やつら、ハエのようにブンブンと。」
「ワンさん、どうしますか!?スリーさんに頼みますか!?」
「何を頼むんだよ、何を。」
ノーマンの言葉に、ワンは思わず笑ってしまう。
スリーに頼んで、マスコミのヘリを撃ち落とせとでもいうのか?
そんなことをすれば、テロリスト確定で、ここまで練った作戦も全てパァになってしまう。
今のところ、マスコミはオルド庁舎の安全性や不備に注目しているはずだ。 これをテロやクーデターなどに結びつけるには、まだ猶予があるはず。
きっと大丈夫だと言い聞かせて、三人は芋虫のようにゆっくり、しかし急いで、一番近い非常扉へと向かった。
ワンは警戒しながらドアノブを回すと、何の抵抗もなく開いた。
わずかに開けたドアの隙間から中を確認すると、どうやら無人のスタッフルームのようだ。
ワンはノーマンたちに手で合図し、侵入する。
予定外の行動だ。 本来の計画では、この非常階段で地上20階まで登るはずだったが、ここはまだ地上15階だ。
こんなに早く動くと思っていなかったマスコミが恨めしい。
『ワン、良い判断だ。』
周囲に人気がないのを確認できたのか、スリーからワンにコールがきて、スピーカーで接続された。
「スリーか、すまん。マスコミのヘリが邪魔だった。」
『見ていた。すでに、ネットで非常階段の人影について、指摘する奴らが出てきている。』
「マジかよ・・・。」
『ただ、画質が不明瞭だ。画像が悪すぎて、幽霊か呪いか、なんて、一部のオカルトが騒いでる。だから、これを利用する。』
「どういうことだ?」
『非常階段の怨霊、というオカルト話と、幽霊の映像を作った。これから、ネットに流す。』
「ははっ。俺たちは幽霊になるのか。」
たまたま写りこんでしまった人影は、幽霊だったと裏付け工作をして、テロリストと結びつかないようにと、機転を利かせたスリーの作戦は、予想外の事態に焦る三人の心を、すこし落ち着かせた。
『ただ、そこから20階までは、自力でいってほしい。』
「わかった。なんとかするよ。」
スリーとの通信を切ると、ワンは深い深呼吸をした。




