第41話
長く短い渦中へ
「もう、用意できたのですね。」
「ああ、おかえり、ノーマン。」
ショワンのスラム、マチルダの元へ戻ると、ワンが潜入用に用意された清掃業者の制服を試着している所だった。
その胸には、ダミーの身分IDが飾られている。
スリー曰く、予定していたより、早く物資が届いたため、作戦決行日も早められそうとの事だった。
「ウィルソンさんは、どちらに?」
「今、ユージーンとオンライン打合せしてる筈だぜ。」
ワンが親指で背後の方を指すと、ウィルソンはソファに座り、卓上のモニターに映るユージーンと、談笑している所だった。
イブとノーマンがそっと近づくと、先にモニターの中のユージーンが気が付いて、画面越しに手を挙げて挨拶を交わした。
「お帰りなさい、ノーマンさん、イブさん。」
打合せは、もうとっくに終わっていたようで、ノーマン達を待つ間、ユージーンと世間話をしていたようだ。 表情が明るい。
現場の状況と、ユージーンとの話し合いの内容を擦り合わせ、作戦決行を早める事が決定したらしい。
「思ったより、早く準備が進んでいるのと、あなたたちが、バートン市長と接触した事を考慮しました。」
「・・・やはり、そうですよね。」
「責めている訳ではありませんよ。バートン市長が今日から3日間、ガルボランに滞在するというのも、大きな理由です。」
そういえば、演説でそんなことを言っていたっけ、と思い返していると、ウィルソンは壁にオルド庁舎の詳細地図を投影させた。
「現場に行くのは、ノーマンさん、イブさん、ワンさんと、私。そしてユージーンが動いてくれています。スリーさんは残って、監視カメラをハッキングし、当日の動きを監視してもらいます。」
「あたしも、ここに残るよ。」マチルダは不満そうだ。
「マチルダさんには、もし、万が一の事態になった時、我々を救出する役目をお願いしています。」
万が一の事態とは、乱闘や銃撃戦、不測の事態の事だ。
もしそうなった場合、マチルダは自分の兵隊、若い衆と、持てるだけの火力を持って、オルドの役所に突撃してくる。
誰よりも一番にオルドに乗り込みたかったマチルダにとって、ただ待機するだけというのは、実にはがゆいだろう。
しかし、これは高齢なマチルダと、心配する息子たちの事を考えた、ウィルソンの配慮だ。
「イブさんと、ノーマンさんは、堂々と正面から入ってもらいます。」
「え?」ウィルソンの言葉に、二人は驚いて顔を見合わせた。
翌日、決行当日の午前11時、ノーマンは触り心地の良い、シックなブラウンのダブルスーツを身にまとうと、ぴったりと二の腕と太ももに張り付く布の窮屈さに不快感を感じ、そわそわと落ち着かなかった。 スーツのピンとした感じは、好きになれない。
まぁ、落ち着かないのは、スーツのせいだけではないのだが。
「さぁ、行きましょう。」
同じブラウンの生地で誂えられたタイトなスーツを着こなした女性が、そっとノーマンの腕を組んでくる。
ボブカットの黒髪に、銀色の細い眼鏡をしているこの女性は、変装したイブだ。 ご自慢の長髪と端正な顔は、ウィッグで隠した。
ノーマンは、履きなれないドレスシューズに躓きそうになりながら、イブをリードするふりして、逆にリードされ、オルドの役所、その正面玄関前に立ちはだかった。
ノーマンは黒一色の中折れハットを目深にかぶり直し、背筋を正した。 あの日、何の考えも無く、ロビーのソファにじっと座っていた不審な二人と違い、今日は堂々とお昼休憩にやってきた、どこぞのビジネスマンだ。
「では、行きましょう、エヴァ。」
「ええ、ジェイ。」
普段とすっかり様相を変えた二人は、呼ぶ名前も偽名と決めた。
とはいえ、ノーマンは偽名ではないのだが、このネムレスで”慈詠”の名前は広く知られていないので、そのまま使うことにした。
イブは、”EVA”を別の読み方にしただけだ。
あまりに安直な偽名に、真剣さを感じられないかもしれないが、普段と全く違う名前にしてしまうと、いざという時にぼろがでてしまうかもしれないので、これでいいのだ。
それに、嘘をつくときは、少しの真実を混ぜなければ。




