第40話
いつの間に、あんな人だかりが出来たのだろうか?
純白の高級トラックの周囲に、規制線が張られ、屈強なセキュリティが4人、トラックを守るように立ち、その周囲を人々が円を描くように群がっている。
ノーマンとイブは、人々の後ろに並んでその様子を見ていると、トラックの屋根に、純白のスーツを着た男性が登ってきた。
「あ!」
「どうしました、イブ?」
「あの人、市長よ。ネムレスの、現職の市長!」
「あの人が?」
セキュリティに守られながら、トラックの屋根に立つその人は、周囲の人々を見回すと、自信満々の表情で、堂々と口を開いた。
「皆さん、こんにちは。NLC市長の、ジョシュア・バートンです。オルドの高層ビルを飛び出して、ここ、ガルボランにやってきました。私はこれから3日間、この街の人たちの声を聴き、生活を見て、寄り添い、このNLCを、より安全な地域へとー。」
《ジョシュア・バートン》と名乗った市長は、半分だけ下したブロンドの前髪を爽やかに揺らし、凛々しい表情で演説を始めた。
年齢は40になるかならないか、壮年の勢いが感じられる。
まだ若い権力者の演説は、若年層に人気があるらしく、市長が喋る度に、若者たちが楽しそうに、合いの手を入れている。
「まず、私が気になったのは、一般利用の波止場の治安の悪さです。昼間はセキュリティが居ますが、夜は完全に無法地帯だ!何人も、何人も、夜の波止場に消えている!」
バートン市長の演説に、夜の波止場の治安の悪さを既に知っているノーマンは、思わずうんうんと頷いてしまった。
その様子をイブが肘でつついて咎めるが、ノーマンの頷いている様子を、バートン市長は見逃さなかった。
「そこの大道寺のお坊様も、波止場の治安の悪さにはうんざりされている模様ですね!」
バートン市長は、ブローチ型の拡声器の音量を大きくして、ノーマンを名指しするので、野次馬の注目が一斉に集まってしまう。
あまり目立ちたくないイブは、慌ててノーマンの背中に隠れた。
市長は少しの間、返事を待つように無言だったが、おろおろと何も言えないノーマンに、にこりと微笑んで、演説を再開する。
「これでは留学生も、安心してNLCに来られません!つまり、外交に支障をきたすんです。来たくても、治安を懸念して選択肢から消えてしまう。これは大道寺以外の組織も同じこと!」
演説が再開されると、衆目は再び市長に移ったので、イブはこの隙に、と、ノーマンの袖を引っ張って、その場から離れた。
「バートン市長は、この件に関わっているのかしら?」
「どうでしょう、わかりません。関わっているとしても、どこまでなのか・・・。」
「どうしましょう、顔を見られたわ。」
「ひとまず、ウィルソンさんに連絡しましょう。」
もし、バートン市長が関わっているのだとしたら、迂闊すぎる行動だった。 しっかり認識されてしまったのは、非常にまずい。
平静を装ってみるものの、心臓はこれでもかと早鐘を打ち、とても内心穏やかではない。
「ウィルソン、バートン市長と接触したわ。」
『なんですって?』
「ごめんなさい。ガルボランの都市公園で、たまたま市長が演説しに来たのよ。そこで、演説中に、ノーマンを名指しされたわ。」
『そうですが・・・。バートンは今、NLCの外交に力をいれていますので、留学生である僧侶が目についたのかも知れません。』
「それだけなら、いいけど。ごめんなさい、迂闊だったわ。」
電話越しに申し訳なさそうなイブに、ノーマンは悪いのは自分だと弁解したくて、もやもやと胸を焦がす。
ウィルソンに、作戦会議をしたいので戻るように言われ、通話を終えると、イブはさみしそうな表情をした。
「デートは、これで終わりね。」
眉を下げ、寂しそうに微笑む少女に、胸が痛い。
本当なら、こんなにも重たい大人たちの陰謀に苦しまず、年相応の悩みを抱えながら、平和な日々を明るく元気に笑っている筈だ。
しかしそれは、イブに限ったことでは無く、このネムレスという街では、大人たちに翻弄される少年少女は、珍しくないのかもしれない。




