第4話
『キンコーン。』
古びた二階建てのアパートは、明るい大通りから一本路地に入った場所にひっそり佇んでいる。
101号室のチャイムがどこか懐かしい音を響かせると、すぐにガチャリと音を立て、扉が開かれた。
「やぁ、長旅、ご苦労様。はいって。」
ノーマンが挨拶をするまもなく、家主であろう男はすたすたと部屋の中に戻っていくので、慌てて追いかけ、部屋に入る。
草鞋を脱ごうとして、やめる。 ああ、土足で上がるのだった。
玄関のカギを家主の代わりにしめると、ノーマンはそっと足音を忍ばせて続く。 玄関から真っすぐ進んだ先はリビングだ。
廊下にはトイレと風呂、そして寝室と思しき部屋の扉があった。
こじんまりした部屋の様子に、ノーマンは少しほっとした。
「J・NOMANだろ?話はきいているよ。」
リビングで急須からお茶を淹れている家主は、白髪交じりの髪を無造作に一つで結び、顔は無償ひげで鬱葱と覆われている。
年齢は七十か八十くらいだろうか?
NLCでは大都会さながら医療も発達しており、誰もが実年齢より若く見える上、200歳まで生きる人もいると聞くので、実際の年齢は、外見に寄らない。
「はい、大道寺祖廟からやってまいりました、J・NOMANです。元の名を慈詠と・・・」
「ああ、いいよ。かたい挨拶はやめてくれ、ノーマン。わしは大家のユージーンだ、よろしくな。」
ユージーンと名乗った男性は、にんまりとした笑顔と右手を差し出すので、それに答えてニコリと笑い、握手を交わす。
「ユージーンさんは・・・」
「まて、わしの事は大家でいい。」
「え?」
「お前さんは、これから沢山の人と出会うだろう。いちいち名前を覚えるのが大変な程にな。わしの名前なんて覚えてる暇なんてないぞ。だから、わしの名前は大家でいい。」
自分の名前を覚えなくていい、などという人を目の当たりにして面を食らってしまった。 これまで祖廟にいた頃は、ノーマンに名前を憶えてほしい人ばかりが周囲にいたのだ。
「わかりました。では、大家さん。一晩、お世話になります。」
「うん、よろしくな。」
一人で色々な事を経験する修行が目的の留学なので、寄る辺があるべきではないのだが、右も左もわからない田舎者が都会にぽっと出てきて、五体満足でいられる保証はどこにもない。
だからNLCに留学する僧侶は、こうして初日だけ縁者に頼り、NLCの必要最低限の知識を教えてもらうのだ。
大家が伝えた情報の一部は、あの三人組の女性が教えてくれた情報といくつか重なった。 通ってはいけない危ない路地、乗ってはいけないタクシー、いざとなったら頼るべき組織団体・・・。
情報が重なるたびに、ノーマンの胸は感謝で熱くなった。




