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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
つかのま
39/58

第39話

 例え無理しているのだとしても、それを自覚してはいけない、無理していると自覚すれば、きっと、もう歩けなくなる。

 だから自分に大丈夫と言い聞かせて、誰かを巻き込んで死なせても、最初から全て自分の責任だと認めて、放棄してはいけない。

 遠くなるイブの小さな背中には、そうした決意が込められている気がして、ノーマンは己の浅はかさに、恥を知った。

 「イブ。私は、あなたを裏切りませんよ。」

 小さな背中に投げかけた言葉は、イブの肩を震わせ、何も言わずに空き部屋に消えていった。


  太陽が昇ると、それまで暗闇が隠していた汚いものが現れる。

 大通りから一本路地に入ったアパートの周辺は、ゴミが散乱し、野鼠がちょろちょろ走り回って、風が不意に悪臭を届けてくる。

 朝陽が届かないような不遇な道を、イブは青いワンピースをなびかせて、軽い足取りでノーマンの手を引いていた。

 大通りまで出ると、一気に視界がひらけて、人々の雑踏、どこからか流れてくる音楽、出店屋台の溢れる活気に、まるで別世界に飛び込んだような、不思議な感覚になる。

 (そうだ、ここガルボランは、観光地だったな。)

 ノーマンが初めて訪れたネムレスの街、エイダと出会った町、イブと手を取り合って、駆け抜けた街。

 もうずっと、遠い昔の事のように感じてしまう。

 「ねぇノーマン、あの公園に行ってみましょ。」

 「いいですね、行きましょうか。」 

 あの公園とは、二人、初めて出会った大きな公園だ。

 ふと、道路の反対側に、托鉢している僧侶を見つけたが、ノーマンは横目に流して、イブと歩きだす。

 思えば、祖廟からネムレスに来るまでの道中は、大変だった。

 旅費はギリギリまで抑えた格安の旅だったので、物凄く時間がかかったし、到着した埠頭も治安が悪く、ネムレスに足を踏み入れる前に、この旅が終わってしまうかと思った。

 最初は、こんな状況になるなんて思ってもみなかったなと、イブに気づかれないように、鼻でそっと笑う。

 「ねぇ、ノーマン、あれ食べましょ!」

 目的の公園に何台も停まっているキッチンカーのひとつを指さして、イブはノーマンの袈裟をつんつんと引っ張る。

 その幼く微笑ましい仕草は、今だけは現実から目を逸らして、この暖かな時間に浸ろうとしているかのようだ。

 それはノーマンも同じで、束の間の現実逃避に、心が揺れる。

 イブが選んだクリーム飴は、弾力のある生クリームを、薄い飴で丸くコーティングしたもので、深いグラデーションの藍色に、小さな砂糖の星をたくさん散らし、美しい満天の夜空を現わしている。

 食べ歩き用の棒に刺さっているクリーム飴にかじりつくと、飴のパキッという音の後に、爽やかな甘さのクリームが、マシュマロの弾力で口に広がり、初めての食感に、ノーマンの舌が唸る。

 「美味しいでしょ?子供のころから、結構好きなんだよね。」

 「ええ、とても。こんなお菓子があるんですね。」

 「ネムレスは、腐っても大都会だもの。色んなものがあるわ。」

 「そうですね。」

 「ノーマンのお気に入りも、見つかるんじゃないかしら。」

 「お気に入り、ですか。」

 「ええ。ハマっちゃって、もう、どうしようもないものとか。」

 「はは、それはまた。」

 「きっと、このネムレスで見つかるわ。」

 「この、ネムレスで・・・。」


 手元の飴から視線をイブに戻すと、公園の中央の噴水が、たまたま大きく噴き出して、イブの背中を神秘的に飾った。

 青いワンピースに、黒髪のポニーテール、雰囲気はこんなにも違うのに、あの日見た、赤いワンピースのエイダと重なって見えた。

 風が流れて、イブのワンピースがふわりと揺れる。

 (エイダのワンピースは、タイトだったな。双子でも、好みは違うようだ。それもそうか、双子とは言え、二人の人間だ。)

 この場所で二人の少女に出会った事が、ノーマンに過酷な試練を与えたのだとしても、きっと後悔はないし、こうして二人で、食べ歩きスイーツに舌鼓をうつことで、報われている気がする。


 ノーマンは、イブの中にエイダの面影を追うように、じっと見つめた。 目の前の少女が、今どんな表情をしているかも知らずに。

 だんだんと、風が強くなってきた。

 突風が二人の間を通り過ぎ、その勢いに顔を伏せると、まるで時間が動き出したかのように、周囲の喧騒が聞こえてくる。

 少しだけ、あともう少しだけ、この現実逃避に浸っていたくて、耳を塞ごうとしたが、イブが先に現実世界に目を向けてしまった。

 「あれ、何かしら?」

 風に乱れた髪を耳にかきあげ、イブが人だかりを指さした。


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