第36話
微妙な空気が少し流れた所で、ウィルソンが説明を始める。
「まず、オルドの正面出入口は、空中階層にあります。ここ、地上10階にある、一番大きな出入り口です。」
「流石に、正面からは入れないわよね?」
大人達の間をぬって、イブが机に頬杖をついて問いかける。
「はい、誰にも見つからず潜入しなくてはいけませんが、父はその時、職員でしたので、堂々と入っています。」
「じゃあ、どこから潜入するか、考えないといけないのね。」
「ええ、そこで一番いいのが、ここ、地上1階です。」
ホログラムの役所の地上1階部分を指でタップすると、フロア詳細が出てきた。 地上1階から正面玄関の10階までは、業者や、倉庫、災害時の対策室といった裏方エリアになっており、関係者以外も多く立ち入るため、このエリアの地図は一般公開されている。
まず業者を装ったワンが潜入し、貨物専用EVで地上12階にあるレストランの厨房へ行き、ボヤ騒ぎを起こすのが目的だという。
このレストランは一般も利用可能なので、変装したイブとノーマンが騒ぎに乗じて、ここで合流する。
「なんで俺だけ地上1階から?」
「人の多いレストランで、部外者が厨房に入るのは無理です。」
「じゃぁ、地上1階から、皆一緒に潜入すればいいだろうよ?」
「業者として忍び込ませるのは、一人が限界なんですよ。」
業者の搬入口の警備はしっかりしているので、身分IDを偽造して通ったとしても、見た事のない顔がいると直接チェックされる。
そのため新人を装うのだが、新人が三人も居ては、不自然だ。
「わかったよ。で、それからどうする?」
不機嫌そうなワンを気にしていない様子のウィルソンは「その前に」と、スリーを自身の隣に呼び寄せた。
「偽造ID、監視カメラ、セキュリティへの対策などのサイバー技術関連を、スリーさんにお願いしたい。」
「俺?」
黒いつなぎ服を、だらしなく着たスリーのスキンヘッドに、冷や汗が見える。 スリーは対人関係はめっぽう苦手だが、その分、デジタル空間、サイバー技術にどっぷり浸かり、IT技術の生き字引で、その腕はネムレスのクラッカー達を黙らせるほどだという。
マチルダの体内埋め込み式携帯電話も、スリーが導入したのだ。
「まずは、ワンさんが潜入する際の業者IDの偽造、それから監視カメラへダミー映像を流して下さい。あとは・・・。」
ウィルソンが仕切って、どんどん進んでいく話に、ノーマンはうまくついていくことが出来ず、多少の疎外感を感じていた。
イブは、エイダ殺害の犯人を暴くことが目的で、ウィルソンは、父親と自身の汚名を晴らし、オルドの役所そのものを失脚させること、マチルダは、ツーの仇討ち。
皆が強い思いを抱く中、ノーマンだけが違う。
オルドに対して、恨みも因縁も、何もないのだ。
生前のエイダと交わした約束と、改めてイブと交わした約束、ただそれだけが、ノーマンをこの場所にとどめているに過ぎない。
「ね、後悔してる?」そっとイブが問いかける。
まるでノーマンの心を見透かしたみたいに。
「いいえ、後悔など、しておりませんよ。」
「そ、・・・ありがとう。」
イブは、今頃になってノーマンを巻き込んだことに、罪悪感を感じ始めていた。
最初は誰も協力者などいなかったが、今は同じ目的を持つ、頼もしい協力者がいて、どんどん話を進めてくれている。
今なら、ノーマンをただの留学生に戻すことが出来るだろう。
だが、巻き込んで申し訳ないと思いつつも、手放せない。
人を信じる事が愚かとされるネムレスで、たとえ頼りなくとも、ノーマンの心だけは、何よりも堅牢に感じたからだ。
しかし、イブが罪悪感に揺らぐ必要は、これっぽっちも無い。
ノーマンは、自ら望んで、ここにいるのだから。




