第34話
冷たい小口径の銃は、人を殺す感覚を、鈍くさせる。
まるで、”やってはいけない”という言いつけを、破った子供の様に、不安と後悔を感じる一瞬に、やってやった、してやった、ざまぁみろと、世の中に中指立てるような興奮を、目の前で崩れ落ちるランダの姿に喜び、俺は何でもできるんだという自信に、愉悦という感情がある事を、痛快無比を、人生ではじめて知ったのだ。
それは麻薬の様にこの体を蝕み、忘れさせてくれない。
目をつぶれば、中毒患者の様に、あの光景がまざまざと映し出されて、何度も何度も、不安と後悔の入り混じった愉悦を咀嚼する。
だから、仏弟子だという事を笠に着て、小難しい仏教用語を並べて、きれいなフリをして、救われるために後悔しているのではないかと、自分自信を疑い、反吐が出るほどに軽蔑している。
「・・・そうじゃ、ないんだ・・・。」
かすんで消え入りそうなノーマンの声は、誰にも届かないまま、路地に背を預け、ずるずると崩れ落ちるように座り込んだ。
イブも同じようにそっと座り、隣に寄り添う。
「死は、仏様から与えられるの?」
「え?ええ、・・・生死は、人の手にはおえません。生きたいと願っても死にますし、生まれたくないと願っても、生きます。」
「うーん、・・・よくわからないけど、生きるのも死ぬのも、自分じゃなくて、仏様が定めたって事で、いい?合ってる?」
「はい、まぁ、そういう事ですね・・・。」
「じゃぁ、ノーマンがランダを殺したのも、仏様が定めたって事じゃないの?」
「え・・・?」
「ランダは死ぬ運命だったの。で、どうやって死ぬかも、仏様が決めたのよ、きっと。彼はノーマンに殺される定めだったの。」
「それは・・都合がよすぎるのでは・・・。」
「結果として、殺したのはノーマン。そして、それは仏様が、あなたに与えた試練。修行中なんでしょ?」
ノーマンはイブの言葉に目がくらんだ。
自らの過ちで殺したのではなく、仏が課した試練ならば、ノーマンは喜んでその罪を背負うだろう。
しかし、果たして仏が人を殺人者に仕立て上げるだろうか?
自らの悪行ではなく、仏に課されたからと、責任転嫁していいものだろうか? この悪行、重責から逃れられるという甘い誘いに、心が喜びはじめているのを、頭を抱え、抑え込もうとした。
しかし、一度ふわりと浮かび上がった心は、糸の切れた凧のように、しがらみの無い自由な世界へ、流されていこうとする。
あぁ、もうだめだ、これは仏が与えたもうた毒だと思うと、仏は私に期待するあまり、特別に罪を背負わせたのだと思うと、自分のせいでは無いのだと、過ちは正しかったのだと、そう思うと。
(自分は何一つ悪くないのだと。)
ノーマンは自分が今、どんな表情をしているのか見えず、そして誰にも見られたくなくて、両手で顔を覆った。
今、この時だけ感情と表情が喪われて、顔面が真っ黒ののっぺらぼうにでもなってしまえばいいのに、と強く願う。
「ノーマン、あなたは、何も・・・。」
「イブ、有難うございます、大丈夫です。」
ノーマンはぐっと姿勢を正すと、これまで培ってきた完璧で美しい慈愛をその顔に貼り付けて、イブに微笑んで見せた。
「私、私は、この罪をしっかりと背負っていきますよ。」
ふぅとため息をついて、背中を壁にもたれて見上げた狭い空は、手が届いてしまいそうな程に、近く感じた。




