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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
毒をくらわば
33/59

第33話

 「マチルダさん、お気持ちはわかりますが、戦争は困ります。」

 今にもアサルトライフルをぶっ放しそうに興奮しているマチルダに、ウィルソンが静かな声音で、刺激しないように話しかける。

 「私たちの目的は、隠し財宝を暴き、ジョン・ドゥの子孫を世間に証明して、現在のオルドの市政を覆す事です。」

 「・・・そんな事で、市政は覆えりゃしないさね。」

 「私は、いくつか汚職の証拠をつかんでますので、それも同時に公表します。全て同時に行えば、ダメージも大きい。」

 「そんなことで、我が子が浮かばれるとでも!?」

 「暴力に訴えて、何も知らない職員たちを虐殺すれば、ただのテロリストとして処理されます。そちらの方が報われないのでは?」

 「テロリスト・・・。」

 我が子を殺したランダは、既に死んだ。

 ならば、その元凶となった黒幕とも呼べる役所の人間を、どうにかしてやりたいのだが、それが誰なのか、解らない。

 マチルダは相手が誰か解らないなら、多数の職員を道連れに散ってしまおうと考えたが、それを大義も愛も何もないテロリストとして処理され、世間に末代まで詰られるのは、理外だ。

 「マチルダさん、私達を手伝ってくれませんか?」

 「手伝う?」

 ウィルソンの言葉に、マチルダの眉間にしわが寄る。

 「はい。この件がうまくいけば、あなた方はヒーローだ。ツーさんも、世間から尊ばれることでしょう。」

 「ふん、よく回る舌さね。」

 「オルドの闇、現市長の闇を暴けば、ツーさんの死は名誉だ。」

 「・・・わかった、詳しく聞かせな。」

 まるで苦虫を噛み潰したかのような、不快感を呑み込んで、マチルダはアサルトライフルを壁に立てかけて、置いた。

 マチルダは、一度決めたら貫き通す。 その頑固さを知っているワン達は、ひとまず安堵のため息をついて、胸をなでおろした。

 動機は異なれど、目的が一致したのならば、一蓮托生だ。

 これから、何をどう動いていくかを、話し合わなければ。


 ノーマンは汚れた路地で、ビルの間から狭い空を見上げていた。

 このショワンのスラムは、相変わらず沢山の匂いと、沢山の音が溢れて、誰も彼もが感情に身を任せ、人間味に溢れている。

 大道寺では、聖人君子であるべきと律し、感情は常に平静で心を波立たせず、慈愛の微笑を貼り付け、それが美しいとされていた。

 ノーマンに接する人たちも、皆そうだった。 誰も彼もが感情を抑え、表に出さないように、静かに美しくあろうとした。

 しかし、ここネムレスに来てからはどうだろう?

 誰もが感情に身を任せ、己の欲を突き通している。

 飾らない、むき出しの感情をぶつけられるのは、はじめてだ。

 新鮮で斬新で、目が開かれたかのような、凛とした気持ちだ。

 「ノーマン、ここにいたの。」

 汚れた路地に似つかわしくない、目の覚めるような青いワンピースを身にまとった少女が、声をかけてくる。 イブだ。

 「おばあちゃん達が、今、作戦会議中だよ。」 

 「ええ、そうですね。」

 「参加しなくていいの?」

 「はい。拙僧に出来る事は、なさそうですので。」

 実際、ノーマンに出来る事は何もなかった。

 オルドの役所に詳しく、因縁のあるウィルソンと、スラムで盤石な力を持っているマチルダには、激しく憎む動機がある。

 ノーマンには、因縁も恨みも、伝手も力も何もない。

 ネムレスの事も、ほとんど知らない、何の役にも立たない上に、ここにきて初めて知る人間らしさに、心が揺れ動いている。 

 そして忘れようがない最大の禁忌が、ノーマンを責め立てる。

 「ねぇ、ランダの事、・・・あなたのせいじゃないよ。」

 「ええ、ありがとうございます。」

 「本当に、わかってる?」

 「拙僧を慰めようとして下さるイブの心に、感謝しています。」

 「そうじゃない!わかってないじゃない、ノーマン!」

 「結果として、殺したのは、拙僧です。」

 「だからそれは、しかた・・・」

 「人の死は、仕方なかったでは済みません。マチルダさんだって仕方のない事だったと、納得していないではないですか。」

 「それとこれは違うでしょ!」

 「何が違うのですか!」

 いつもはゆっくり喋るノーマンが、やけに早口なのは、流石に動揺している所為だと思ったが、掌を強く握り、怒鳴るノーマンに、イブは驚きと少しの恐怖を持って、たじろいだ。

 ノーマンはイブの様子に気がついたものの、怒鳴った己の声を皮切りに溢れ出した感情の荒波に、理性と冷静を失った。

 「死は、善人も悪人もすべて同じ! 等しく仏から与えられる絶対的な宿命、人の手でどうにかできるものではない!」

(ちがう、そうじゃない。)

 「仮にも仏に仕えるこの身で、拙僧は、なん、てことを・・・」

 (こんなきれいごとで、胡麻化せるわけがないのに。)

 この口から吐き出される、耳障りの良い美しい言葉に、これまで感じた事の無い、自分自身への憤りを覚えた。

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