第32話
毒を食らわば
重たい時間がゆっくり、ゆっくり流れている。
納体されたツーは、SUV車の中でマチルダと対面した。
半開きの口から、いびきが聞こえてきそうなほど、安らかに眠るツーの顔をそっと撫で、マチルダは遺体袋のジッパーを閉めた。
「ちゃぁんと帰ってきたな、バカ息子。」
マチルダの瞳に涙は無く、強い怒りの感情が溢れていた。
その傍らで、ワンとスリーがガックリ項垂れていたが、マチルダに肩を強めに叩かれて、名残惜しそうに家の中へ戻っていく。
部屋の中は、会話をする事も、息をする事さえも許されないような、一種の緊張状態が続いていた。
「何があったのか、誰が殺したのか、全部、話すんだよ。」
「殺したのは、ランダっていう、ギャングよ。化け猫のタトゥの入った大男。ツーは、ランダに捕まった私を助けようとして。」
「ふぅん、最後は、人の役に立って死んだんだね。」
「おばあちゃん、ごめんなさい、・・・私が!」
「およし。殺した当事者じゃないなら、謝るんじゃないよ。」
「だ、だけど。」
「ちゃぁんと、約束通り一緒に帰ってきたじゃないかい。まぁ、生きて帰ってこい、って言わなかったあたしが悪いんさね。」
わざと冗談を言って笑うマチルダが、哀しかった。
イブはおろおろと、行き場所の無い手を膝の上に置いたり、髪の毛をかいたり、せわしく落ち着かない。
マチルダは、そんなイブの手を捕まえて、じっと見つめた。
「何があったのか、全部、話してもらうよ。」
イブは躊躇った。 もし、事の顛末を全て話したら、また巻き込んで死なせてしまうかもしれない。
ツーだけではなく、マチルダ、ワンや、スリーまで、良くしてくれた人たちの寿命を、自分が奪ってしまうかもしれない。
ツーの死は、温厚なマチルダの心に、生涯消えない火をつけた。
マチルダの力強い手はとても熱く、焦がされてしまいそうだ。
「あたしらを巻き込むのが嫌だとか、そんな甘い考えは捨てな。もうすでに、あたしらは片足そっちに突っ込んでるさね。こんな中途半端なままじゃ、いられないよ。」
「お、おばあちゃん、ごめんなさい。」
今にも泣き出しそうなイブを見て、マチルダはそっと包み込むように抱きしめた。 マチルダの胸は広く、暖かくて、懐かしい。
「拙僧から、お話しします。」
イブの背後で、まるで守護霊の様に立っていたノーマンが、そっと声をかけると、マチルダはイブを抱きしめたまま、強く頷いた。
ノーマンは、まるで説法でもするかのように優しく、流れるように、静かに、これまでの事をつらつら話しはじめた。
300年前のネムレス市長の子孫に、財宝なんて話は、まるでおとぎ話か、くだらない子供の妄想のようで、俄かに信じがたい。
しかし、そのくだらない話のせいで、大切な我が子が死んだ。
マチルダは話の腰をおらないように、ぐっと我慢してノーマンの話をひとつずつ、じっくり呑み込んだ。
話を終えると、マチルダは「わかった。」と一言こぼし、イブから離れ、そっと部屋を出て行ってしまった。
「その話、本当なんだな?」
残されたワンとスリーが、疑念の視線をぶつけてくる。
信じられなくて当然だろう、こんな話。
しかし、行動するたびに、複雑に絡み合ってきた人間模様が、おとぎ話を現実に連れ出し、仕舞いには人が死ぬ事態にまでなった。
今となっては、信じて突き進むしかない。
「お前たち、何ぼけっとしてんだい!戦争だよ。」
マチルダが喝を入れながら勢いよく部屋に戻ってきたと思うと、その手には黒光りするアサルトライフルが握られていた。
「戦争!?何いってんだ、ばあちゃん。」
「息子が殺られたんだ、お礼するのが、筋だろう。」
「話、聞いてたのか!?相手はオルドの役所だぞ!」
「関係ないさね。めそめそ葬式するのは、お礼した後さね。」
「ばあちゃん!」
マチルダの怒りは当然だ。 ワンは危ない事をするな、とマチルダを宥めようとするが、マチルダの心に点いた憤怒の炎は、ちょっとやそっとじゃ、消えそうにもない。




