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J.NOMANの手記  作者: 祇膳
観光地にて
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第3話

観光地にて


 

 これからの名は、ノーマンだ。

 NLCへの旅路の途中、船上の夜空の下、生ぬるい風を浴びながら、ノーマンは心の中で三度ほど繰り返し、ごくりと喉を鳴らして不快な空気を飲み込んだ。 名を改められたのは、小さな島国の外で、円滑なコミュニケーションを図るためと、心機一転のためだ。

 わかってはいるが、ふっと、胸にひとつ風が吹いたかのような、寂しさを感じた。


 疲労の長旅の果て、船が到着したのは、街灯がぽつん、ぽつんと気持ちばかり佇み、昏い闇に染まった、寂し気な波止場。

 (格安の船だから、停まる波止場もこの程度なのだろうか?)

 ノーマンはきょろきょろと周囲を見渡すと、少し遠くの方に、まばゆい灯りがあふれる道を見つけた。

 とりあえず、明るい場所に出ようと歩を進めると、暗がりの中から、にやにやと、こちらを眺めている人がいる事に気付く。

 建物の影に、ひっそり隠れるように、あちこちで数人が屯っており、まるで値踏みするかのような視線が、暗闇からねっとりと絡みついてくる。

 (あまり長居してはいけないな。)

 ノーマンが乗ってきた船が、そそくさと逃げるように波止場から離れると、より一層暗闇が増す気がして、足早に路地を抜けると、目がくらむ程の沢山の灯りに包まれ、思わず、手で庇を作るようにして光を遮った。

 (まぶしい・・・!)

 そっと片目を開けると、これまで見た事の無い景色が広がる。

 赤や青、黄色に緑といった、カラフルなレーザー光線があちこちに出ており、建物全体に映像が映し出されるプロジェクションマッピングがひしめき、どこもかしこも、一番目立っているのは自分だと競っているようだ。

 ホログラムというのだろうか、立体映像で映し出された見目麗しい男女が街角で踊っている。 その足元には商品や看板が置いてあるので、宣伝広告の一種なのだろう。 どこからともなくシャボン玉が降り注ぎ、ノーマンがこれまで嗅いだことのない煽情的な良い香りまで漂ってくる。

 そして、人の多さにも驚いた。

 波止場で息を殺して暗闇に隠れていた人達とは対照的に、誰もが主役だといわんばかりに個性的で、色とりどりに着飾っている。

 手を広げれば誰かに当たってしまう雑踏だ、急に立ち止まれば、後ろの人がぶつかってくるだろう。

 がやがや、ざわざわと耳をふさぐような騒音が、ノーマンの心臓の音をかき消した。 どこかから流れる、ズシンとした重低音の音楽のリズムに合わせて、心臓が鼓動しているようだ。

 (こんな世界が・・・あるなんて。)

 NCLが、世界中から人が集まる大都会だという事は、情報では知っていた。 しかし、こうして現実に目の当たりにした時の衝撃は、どうして予想できただろうか?

 緊張と衝撃、感動さえ覚えている心臓が、音楽のリズムと一緒に動いている。


 「あれぇ~!おぼうさまだ、珍しい!どうしたの?」

 けらけら笑いながら三人組の女性がノーマンに声をかけてきた。

 その手にはピンク色の瓶が握られている。

 「やめなよぉ~。そうやって絡むの。」

 隣にいた青い髪の女性が制止の声をあげるが、その顔は興味津々で堪らないといった風でにやけている。 ピンクの瓶を女性があおると、強いアルコールのにおいがした。

 「あれでしょぉ?だいどぉじの・・・留学だ?」

 一番後ろにいた女性の顔を見て、ノーマンはどきりとした。

 赤い髪の毛の女性の顔には、眼がない。 二つの眼窩には美しくカッティングされた真っ赤な宝石が、三つ、はまっている。

 しかし視力はしっかりあるようで、酔ってふらついてはいるが、ノーマンを指さして、不思議そうな顔をしている。

 よく見ると、青い髪の女性は右腕が機械で、ピンクの瓶の女性は下半身の全てがメタリックに塗りあげられている。

 「そんなに見ないで」 下半身を凝視された女性が、わざと恥ずかしがる素振りをしてノーマンを茶化す。

 「す、すまない。 その、スペックをあまり見たことがなかったもので。女性をじろじろと、不躾だった。」

 

 スペックとは、人体改造のパーツの事だ。 そしてその呼称は取り扱う企業や組織によって変わる、いわば商品名だ。 スペック、インプラント、マニキュア、システム・・・様々にあるが、おおよそは[スペック]で通じる。

 この街ではスペックを装着していない人は、一人もいないのではないか、と思うほどに、誰もが当たり前に着用、利用している。

 あそこを歩いている3メートルの大男も、その身長はスペックによるものだし、最近の携帯電話は、外から見えない体内埋め込み式が勧められ、美容院もすべてスペック頭髪の着脱式だ。

 「おぼうさまは、どこに行くの?」

 赤い髪の女性が、宝石の瞳でじっとノーマンを見つめる。

 最初こそ驚いたが、よくよく見ると、白い肌に赤い髪と宝石が映えてとても美しい。 偏見はいけない、と心の中で戒める。

 「このアパートに行きたいのですが、知っていますか?」

 ノーマンは頭陀袋から一枚のメモを取り出すと、女性たちは「久しぶりにアナログを見た」と、メモ帳にきゃっきゃとはしゃいだ。


 NLCに大道寺が身を寄せる組織団体は無いのだが、大道寺出身の人や、縁のある人がいないわけではない。 ノーマンは縁のある人物が経営するアパートを、最初の目的地としていた。

 ちゃんと、祖廟から話も通っているはずだ。

 「ここかな・・・?」

 あの三人組の女性は派手な見た目に反して誠実で、道案内だけではなく、通ってはいけない危ない路地や、絶対に乗ってはいけないタクシー、いざとなったら頼るべき組織団体まで、親身に教えてくれた。


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