第26話
からみあう事実
アイザック・ウィルソンは、父子ともにオルドの役所に勤めていた。 富裕層ではないがスラムとは縁がない堅実な生活で、専業主婦の母と、三人家族、順風満帆な人生を満足に生きていた。
平均寿命が150歳の現代で、定年は90歳。その後、嘱託やシルバー派遣で120歳までは働ける時代に、父は95歳で嘱託としてオルドの役所職員を続けていたが、ある日、まじめな父が無断欠勤し、青ざめた顔でダイニングチェアに震えて座っていた。
「夢物語、絵空事、ただの妄言だと思っていた。」
震える父の言葉は、思わず笑ってしまうような内容だった。
「・・・お父様は、どんなお話をされたのですか?」
無意識に言い淀んでいたようで、しんと静まり返った車内の静寂を破り、ノーマンはそっとウィルソンに問いかける。
ウィルソンは、いい年してお恥ずかしい、と話をつづけた。
「オルドの地下には、財宝が眠っている。それも初代市長、ジョン・ドゥの隠し財宝だ。父は、役所で先祖代々、財宝の部屋への扉を守ってきた、番人だった、と。」
(ジョン・ドゥの財宝!?)
思いもがけず飛び出してきた名前に、ノーマンとイブは目を見合わせる。 まさか、こんなところまで話がつながっているのか?
「父は、ジョン・ドゥの子孫だという女性を手引きし、その扉を開けて、財宝の部屋に入ったそうです。・・・今から5年前になります。」
「そ、それで、財宝があったのですか?」
「はい、間違いなくあったそうです。ですが、父達は、何も持ちださなかった。」
「何も?」
「ええ、何も。もし宝を持ち出して、財宝の在り処を知られれば私たちは殺されてしまうだろうから、と言っていましたが。」
「・・・結局、殺されてしまった。」
「はい。財宝の扉を開けたことが、どこからかバレてしまった。そして拷問の挙句に・・・。勿論、自殺として処理されました。」
「きっと、一緒に行った女性は、私のひいおばあちゃんね。」
「そのようですね。あなた方が、ユージーンの元で、ペラペラと話してくれなければ、知れなかった。感謝します。」
ウィルソンの皮肉に、イブがむっとした表情を見せる。
警察から引き取られたあの日、イブたちは大家のアパートで財宝の事についても、包み隠さずにすべて話していた。
ウィルソンはそれを聞き、それまでノーマークだったエイダの死やブラウン姉妹の経歴も、全て調べなおしたそうだ。
色々と判明した半面、ランダにも全て筒抜けになってしまった。
その代償がキムの死だとしたら、いささか大きすぎる。
「父の死後、私は横領の罪をかぶせられて、クビになりました。殺されなかっただけマシでしょうね。 その後、母はすっかり衰弱して、父の後を追うように亡くなりました。」
ドラマにもならない、陳腐な、よくある話ですよ、と乾いた笑みを浮かべるウィルソンの瞳の奥に、消えない復讐の炎の影を見た。
ああ、彼はオルドに一矢報いたいのだ。 だからノーマンたちにコンタクトをとってきたのだ。 胸がぎゅっと痛い。
「父は死の間際、私に置き土産をくれましたよ。」
「置き土産?・・・まさか。」
「ええ、財宝の扉の場所、扉の開け方。ウィルソン家が300年間守り続けてきた、門外不出のルートです。」
ウィルソンは人差し指を唇の前に立て、シーといたずらに笑う。
エイダはその様子を見て、呆れたように鼻で笑った。
「300年も、秘密のルートを守れるものなの?ありえないわ!そんな長い年月、どんな道も、朽ち果てるでしょう!」
「ふふ、お嬢さんには、きっとわかりませんよ。大人たちの複雑に絡み合った事情はね。」
「・・・どういうことよ。」
「秘密のルートは、オルドの役所の地下で堂々と管理されています。経年劣化も修復される。だから、朽ち果てない。」
「な、なら、みんなたどり着けるんじゃないの?」
「いいえ、オルドの役所は、そんなに簡単ではありませんよ。」
ウィルソンは質問攻めのイブを片手で制して、少し、困ったように笑って見せた。
「秘密のルートの詳細は、まだお話しできませんが、私のつまらない身の上話は終わりました。」
さて、とウィルソンが腰を上げる。
いつの間にか車は停まっていた。 この車はやけに静かで、振動も少ないので、窓を見なければ進んでいるのかもわからない程だ。
車外にでたウィルソンは両手を軽くあげて背伸びをしている。
もうすっかり真昼、太陽が頭上ど真ん中で大きな顔をしていた。
車が停まったのは、峠道を幾分も進んだ先にある、ショワンの街を一望できる高台に広がる、古びたパーキングエリアだ。




