表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J.NOMANの手記  作者: 祇膳
あらたな死
23/42

第23話

 「さて行きますか。」再び野次馬の人ごみを抜けようと歩き出すと、ぽん、とノーマンの肩を誰かが叩いて止めた。

 「素晴らしい読経でした、能満慈詠さん。」

 「・・・!?」

 ノーマンの体が硬直する。 隠している訳ではないが、NLCに来てからは、ずっとJ・NOMANと名乗っているので、漢名で呼ばれることは、まず無い。 無いのだが、間違いなく呼ばれた。

 「あなたは・・・!?」

 ノーマンにうすら笑いを浮かべて見せる人物は、高級そうなスーツにアスコットタイをお洒落にしめた、中年程度の男性だ。

 端正な顔立ちに刻まれた皺がダンディズムを醸し出し、その紳士な姿は、スラムであるショワンに似つかわしくない。

 「誰だ、あんた?」

 俺は用心棒だといわんばかりに、ツーがノーマンとの間に入る。

 「私はアイザック・ウィルソンと申します。」

 シルバーグレーの髪をオールバックにした男は、深々と頭を下げて名乗るので、ツーは思わずたじろいだ。

 「どうして、拙僧の名前を?」

 「私は大道寺が大好きでしてね。ファンとでも言いますか。お坊様の事は、よく知っているのですよ。」

 「・・・拙僧たちに、何か御用でしょうか?」

 「ふふ。はい、お話がございます。・・もし宜しければ、お茶でもご一緒にいかがでしょうか?」

 あちらに車がございます、と手を広げた先に、真っ白のバンが停まっていた。 流石に、初見でいきなり車に乗るのは抵抗がある。

 イブは不安をかき消すように、力強い視線で睨んでいる。

 「拙僧に用がありますのか、彼女に用がありますのか?」

 「両方です。そしてお連れ様にも、悪い話ではありません。」

 紳士はチラ、とツーを見る。

 ツーは、え、俺?ときょとんと自分を指さした。

 「実は、キムさんを殺した犯人を、私は知っています。」

 紳士は手でさえぎるようにして、三人だけに聞こえる声で、そっと耳打ちをした。 三人の表情が、かたまる。

 ノーマンの漢名を当たり前のように知っており、今まさにほしい情報を持っていると耳打つのは、悪魔のささやきか。

 誘う車に乗れば、行先は地獄かもしれないが、今、この誘いに乗らなければ何も進まないかもしれない。

 ノーマンとイブは決断ができず思い悩んでいると、ツーが勢いよく口をひらいた。

 「だれだよ、犯人!教えてくれ。なあ、行こうぜ!」

 ツーは願ってもないと言いたげに、ノーマンの肩をたたいた。

 「ちょっと待って、ツー!怪しいわよ、こんな・・・。」

 「怪しいったって、じゃぁこれから何すんだよ?探してたんじゃないのか?なんか、手掛かりとか。」

 「そうだけど・・・っ!」

 「これがその手掛かりってやつだろ!」

 そうだ、これは手掛かりだ。

 ノーマンはまたしても、自分を戒めた。

 今朝、マチルダに叱られたばかりだというのに、不甲斐ない自分を改めるように、ぎゅっと強く瞼を閉じ、ゆっくり開く。

 今、目の前にいる紳士の言葉は、悪魔の囁きかもしれないが、この男は自分たちの知らない情報を確実に持っている。

 たとえ罠だったとしても、自ら飛び込んで得ようとしなければ、この街では何も得られず、翻弄されるだけだろう。

 「ウィルソンさん、ぜひ、お聞かせくださいますか。」

 「ええ、もちろんです。さ、どうぞ。」

 ノーマンたちは、彼の後に続いて清潔な白いバンに乗り込んだ。


 白いバンの後部座席は向かい合って座る形で、とても広かった。

 シートの左右に小さなテーブルがあり、グラスと灰皿が置けるようになっている。

 紳士の隣にツー、向かい合う形でノーマンとイブが隣同士に座ると、紳士は運転手に適当に車を走らせるよう指示をした。

 「改めまして、私はアイザック・ウィルソンです。」

 「・・・J・NOMANです。」

 ウィルソンが右手を差し出すので、ノーマンは応えて握手する。

 ウィルソンは車内備付の棚からグラスを取り出すと、小さな冷蔵庫から冷えたグリーンティーを淹れて、全員に渡す。

 「能満さんの口に合うと良いのですが。」

 ウィルソンはグラスを軽く掲げ、乾杯のポーズをとる。

まず先にウィルソンが口をつけたのを見て、続いてツーがグリーンティーを口にすると、美味しかったのか、ぱっと表情が明るい。

 「あの、拙僧のことは、どうぞノーマンとお呼びください。」

 「おや、これは失礼。では改めまして、ノーマンさん。」

 アイザック・ウィルソンと名乗るこの男は、最初から愛想の良い爽やかな笑顔を見せてはいるが、その瞳の奥は昏く、薄気味悪い。

 「ノーマンさんの事は、ユージーンから聞いていました。」

 「え?大家さんから?」

 「はい。彼とは、付き合いが長いもので。」

 少なくとも信頼できる人物である大家と、面識があるというだけで、緊張した胸がほっと綻ぶ。 伝手というものは偉大だ。

 ウィルソンは、大道寺を信仰していた時期があり、その縁で大家のユージーンと知り合いになったそうだ。

 それからNLCに大道寺の留学生が来たら、いざという時は助けになれるように、留学生の情報をもらっているのだという。

 「ですがまさか、ブラウン姉妹と一緒にいるとは。」

 「・・・私たちの事を知っているの?」

 ブラウンとは、エイダとイブのラストネームだ。

 大家は、[情報屋の大御所]と呼ばれていたことから、イブたちの情報も容易く入手出来たのだとうかがえる。

 大家とウィルソンが旧知の仲なら、情報は全て筒抜けだろう。

 「ずっと、私たちを監視していたの?」

 「いいえ、まさか。そんなに暇じゃないですよ。最初は、大道寺から留学生がくる、とだけ聞いていました。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ