第21話
翌日、ぐっすり眠る事の出来たイブとノーマンは、マチルダの朝食の準備の音と、かぐわしいコーヒーの香りで目を覚ました。
ああ、こんな平和な朝がNLCにも存在するなんて。
マチルダに叱られながら、急いで身支度を済ませると、マチルダが先ほど準備していた朝食とコーヒーを出してくれた。
感謝していただいていると、外から叫び声が聞こえる。
「おぉおい!大変だ、大変だぞ、おまえら!」
叫びながら入ってきたこの男は、黒いつなぎ服の、ツーだ。
ツーは転がり込むように部屋にはいると、パッチワークのソファに思いっきりダイブして、はぁはぁと息を切らしている。
「ツー!何事さね、朝からそんな騒いで!」
「ばぁちゃん!騒がずにはいられねぇんだって!」
「だから、何をそんな騒いでるんさね!」
「キムが、キムが殺された!」
「なんだって!?」
マチルダばあさんとツーが怒鳴りあうその様子に、イブとノーマンは茫然と立ち尽くした。
(殺された?殺されただって?・・・今日会う約束の・・・)
ノーマンは頭から血の気が引く感覚に襲われ、足元がぐるぐる揺れ動くようだった。 もしかしたら、自分たちが接触しようとしたから、自分たちのせいで、キムは殺されてしまったのか?
「ねぇ!その話、本当!?キムって、今日会う約束の・・・!」
「あぁ。今日、お前らと会う予定のキムだよ。」
「どうして!?殺されたって、どういうこと?」
「わからねぇ、わからねぇが・・・その、死に方が。」
ツーはばつが悪そうな顔をして、イブから目をそらし、俯いた。
その様子に、マチルダばあさんが苛立った様子で、まるで子供を叱るかのようにツーのおしりをぱしんと叩いた。
「なんだい!はっきり言いんさい!」
「わ、わかったよ。・・・キムの野郎、あのクロコダイルの広場で・・・串刺しになってたんだ。たぶん、朝方だろうって。」
クロコダイルに串刺し。
それは、まぎれもなくエイダの時と同じ状況だ。
イブは不安げに眉を下げ、何か言いたいのに言葉が出てこないのか、口をぱくぱくさせて震えている。 ・・・無理もない。
エイダの死体の様子を面白がって再現した愉快犯の可能性だってあるのだが、その線は薄いだろう。 関係が近すぎるのだ。
エイダの死体、遺品、わずかな手掛かりを求めてアポをとった相手が、同じような死に方をした。
それはつまり、一種の警告、探れば、近づこうとすれば、関わった奴はすべて同じように殺すぞと言われているようで、ノーマンの足元はさらにぐるぐるうず巻く。
「とりあえず、今、広場に警察がきてる。これで、二回目だからな、警察も野次馬も、沢山集まってるぞ。」
「ワンとスリーは行ってるのかい?」
「ああ、広場にいる。なぁ、あんたたちは・・・どうする?」
ツーとマチルダが、じっとノーマンたちを見つめる。
その視線は、まるでお前たちが元凶だと責め立てているように感じてしまって、どうにもいたたまれない。
はやく、この場から去った方がいいだろう。
「その・・・、もう、行きます。」 ノーマンは固まっているイブの腕をつかんで、そそくさと玄関から立ち去ろうとする。
まだ満足に礼も言えていないが、仕方がない。 厄介者は、早々に立ち去るべきだ、この平和な空間に、似つかわしくない。
「おまち。」
立ち去ろうとするノーマンを、マチルダばあさんが厳しい視線でジロリと睨み、ノーマンを硬直させる。
「あんたが、何を考えているのか、手に取れるようだ。」
「え・・・?」
「まったく、何を修行してきたのかね、この生草坊主は。」
「あの・・・。」
「舐めるんじゃないよ、こんなことは日常茶飯事さね。キムが死んだのは、あんたたちのせいじゃない。」
「し、しかし。拙僧たちが、接触しなければ。」
「甘い!この町はそんなに甘くない。直接殺した当事者じゃないなら、関係ないさね。それに、このマチルダばあさんを甘く見なさんな。こんなことで・・・あんたらを追い出さない。」
「おばあちゃん・・・。」
いつの間にかマチルダを「おばあちゃん」と呼ぶようになったイブは、まるで叱られた子供のような瞳で両者を見つめている。
「ノーマン、わし達から、逃げるな。」
信頼から、愛情から、絆から、おせっかいから、逃げるな。
自分のせいで状況が悪化したと、自分を責める事はかまわない。
だが、その自責を理由に、手を差し伸べてくれる人たちから逃げてはいけない。 わずかでも築いた信頼を、捨ててはいけない。
どれだけ相手を苦しめることになったとしても、責任を放棄するな、責任を果たすために、逃げるな。
マチルダばあさんの強い瞳に、ノーマンの揺れ動いていた足元がしっかり固まったように安定した。 目の前の人物を、よく見ろ。
荒れた時代に人間性が廃れ行く中で、マチルダはイブの妹を思う心に感銘を受け、大事にしたくて、協力を申し出てくれた。
わずかな時間だが、まるで家族のように過ごした時間は嘘ではなく、たしかに信頼と愛情を感じていた。
ノーマンは、それらすべてを捨てようとしたのだ。
恥ずべきことだ、生臭坊主と言われても反論できない。
「すみません、マチルダおばあさん。拙僧は・・。」
「いいから、さっさと広場にいって、帰ってきなさい。必ず、このツーと一緒に帰ってくるんだよ。一緒じゃなきゃ、いれてやらないからね。」
「・・・だとよ。頼むぜ。俺が帰れなくなっちまう。」
ツーは、やれやれと両手をあげて肩をすくませる。
ここでは、きっとこんなやり取りも、日常茶飯事なのだろう。
「ばあちゃんが反抗期の息子を何人育てたと思ってんだ?ネムレスの反抗期は伊達じゃねぇんだぞ。」と広場に向かう道中でツーがノーマンに自慢げに話した。
だからこその、暖かい貫禄か。




