第20話
ツーが知り合いに連絡を取っている間、ワンとしばし世間話をした。 彼らは孤児で、他の地域のスラムで、沢山の子どもたちと集まって生活していたが、悪い大人の手によって拠点を追われ、何人かの子供たちと流れたが、一人、また一人と減り、いよいよ三人だけになってしまった。 食べるものはとうに無く、体に虫が這い、もうだめだと思った時に、マチルダばあさんに救われた。
だから、何があってもマチルダばあさんが一番なんだと笑う。
「なぁ、キムなんだけどさ、明日なら来れるってよ。」
明日の正午に、ここ、マチルダばあさんの家に来るように話をつけたぞ、と、通話を終えたツーが満足げにやってきた。
今すぐ、今日にでも話を聞きたかったのだが、あまり無理を言っても仕方ない。 イブは一旦、ランダに連絡する事にした。
『用事はもうおわったのか!?』
開口一番、待ちくたびれてイラついた怒声が飛び込んでくる。
「ランダ、まだよ。明日、人と会う事になったの。」
『人ぉ?誰と会うんだ。』
「ショワンの盗品流しの人よ。もしかしたら、エイダの遺品が何か見つかるかもしれないと思って。」
『ふぅん、なんていう奴だ?ガレージ屋にも聞いてみるぞ。』
「えぇと・・・キムよ。」
『オーケー、キムね。聞いてみるわ。』
「ランダ。また明日、終わったら連絡するから、バイク、くれぐれも大事にしておいてね。」
『わかってるよ!じゃぁ、なんかわかったら連絡する。』
その日は、マチルダばあさんの好意で泊めてもらう事になった。
むさくるしい男たちの中で、唯一の女性であるマチルダに、イブは郷愁の思いとともに、心がほぐれた。
明日の約束まで、まだまだ時間がある。
エイダの死を探るために、動こうと思えば動けた。
死体を発見したホームレスを探したり、邪魔が入って満足に見れなかったクロコダイルの広場の様子を、もう一度、ワンたちに付き添ってもらっていくこともできたのだが、イブはそうしなかった。
夕飯の支度を始めるというマチルダを、ワンが手伝おうとして皿を割ってから、それまで悩んでいたイブが、はりきって手伝い始めたのだ。 夕飯のお手伝いなんて、今やるべき事ではない、目的のためにすべきことは、他にも沢山あるはずだ。
そんなことは、イブもわかっている。
ノーマンも解っていたが、早く動けと彼女を責めることなど、どうしてできるだろうか? どうか想像してほしい、悲しむ時間を自ら捨て、振り返ることを許さず、大人たち、男たちと、対等に張り合おうと胸を張る少女の張り詰めた心を。
ほんのひと時、わずかな甘い時間があっても、罰は当たらない。
「ねぇ、ノーマン。」
夕食と片づけを終えたイブが、パッチワークでカラフルに彩られた柔らかいソファに体を埋めて、ノーマンにぽつりささやく。
「はい、なんでしょう。」
ノーマンが座る背の高い赤いスツールは、ガムテープで補強されており、動くたびにギシギシと大きな音で軋む。
「私はね、ノーマン。聞いて。私はね・・・。」
「はい、聞いていますよ。」
「誰にも、死んでほしくなかったの。これからも。」
「はい。」
「だけどね、だけど・・・。」
これまでの強気な雰囲気とは打って変わって、まるで子供のようなイブの口調に、亡き双子のエイダの影を見た。
「もし、私の大事な人の人生がおびやかされるのなら、私は、おびやかす人を殺すわ。」
「イブ。」
「それが私の知ってる人だとしてもよ。だから、ノーマン。」
「・・・はい。」
「どうか私を、裏切らないでね。」
まるで夕闇に沈んでいくように、イブの声は、か細かった。




