第14話
「おい!まて、お前ら、俺だよ!待ってくれ!」
ノーマンたちが振り返ると、厳重な留置室の檻の中から、見覚えのあるがたいのいい男が叫んでいた。
「え、誰?」イブが逃げるようにノーマンの背後に隠れる。
「き、昨日会っただろ?忘れちまったのか?」
へへへ、とひきつった笑顔を見せる男は、昨日、公園でイブをさらおうとした男だった。 どうしてこんなところに?
「俺も出してくれ!冤罪なんだ。」
「・・・知りません、こんな男。」イブがツンと言い放つ。
黒い化け猫のタトゥーが堂々と入っているこの男の名前は・・。
「ランダ・・・でしたか?」
「おお!そうだ、ランダだよ!」
名前を呼ばれた男は嬉しそうにニカっと歯を見せて笑い、困ったような、縋るような視線をノーマンに必死に送っている。
「なぁあんた、ユージーンと知り合いなんだな!?たのむ、助けてくれ!俺はなにもしちゃいないんだ。」
「何もって・・・、さらおうとしたじゃない!」
「悪かったよ、けど、未遂だ!」
檻を挟んで、ランダとイブが口論を始めた。
どうしてこの男が大家の名前を知っているのか、そして、大家は一体どういう人物なのか、一瞬で溢れた沢山の疑問に胸がいっぱいで、ノーマンは何も言葉が出なくなっていた。
全てを説明してほしくて、何から聞けばいいかわからなくて、大家をじっと見つめると、大家は深くため息をついてゆっくり瞬きをしてから、ぽつり。
「・・・その檻の中の男も、わしの連れだ。」
「ユージーン!それは!」
大家の予想外の言葉に、警察がたじろぐ。
「頼む。数少ないわしの頼み事だ。聞いておいて損はないぞ。」
「・・・・わかったよ。」
突然の大家の言葉に、警察もノーマンもイブも、誰もが驚いた。
喜んだのは檻の中のランダだけだ。
ノーマンは、(ランダを解放してくれ)という意味で大家を見つめたわけではないのだが、しかし今更、勘違いだから檻に入れておいてくれとは言いだせず、茫然と現状を見守った。
「ありがとう、あんたたちは命の恩人だ!」
解放されたランダは大家とノーマンの手を取ってぶんぶん振り回し、感謝を全身で表しているが、イブは不機嫌だ。
「じゃあ、いくぞ」と大家が顎先で示した先に、大型のタクシーが停まっていた。 ランダはそのままどこか別の場所へ行くのかと思ったが、大人しく大家の言うとおりに付いてくるようだ。
タクシーの目的地は、ノーマンが初日に寄ったアパートだ。
タクシーでは、どこで誰が聞いているかわからないので、みんな終始無言だった。 アパートにつくと、早速、大家に説明を求められたので、これまでの経緯を包み隠さず、すべて話す事にした。
経緯をランダに聞かれていいものかと悩んだが、大家もイブも、そして当のランダも気にしていなさそうなので、そのまま続けた。
イブはソファの上で膝を抱えて座り、人気の少ない路地を、窓から寂しそうにじっと見つめている。
「そうか。・・・大変だったな、ノーマン。」
「いえ、拙僧は。・・・それより、大家さん、あなたは一体?」
ノーマンは大家が入れてくれたお茶を両手で握ったまま、口をつける気にもなれず、大家の様子をうかがった。
「わしは、元々、お前さんと同じ大道寺の留学生だったのよ。もう何十年も前になる。」
「え、そうだったのですか?ではなぜ、NLCでアパートを?」
「大道寺に帰らなかったのよ。」
ずっとネムレスにいるんだ、と大家は小さく笑って見せた。
うわさでは聞いていた。
生死不明だけではなく、自主的に帰ってこない僧侶たちがいる。
そして、NLCへの留学生が一番、帰ってくる確率が低い。
みんな、大都会の毒に充てられて、俗世に染まり、仏道を忘れてしまったのだろうと嘲られていた。
まさか、大家がそんな人物だとは、到底思えない。
「へぇ、ユージーンはもともと僧侶だったんだな!」
あっけらかんとしたランダの声が、ノーマンと大家の間に走り、ピリピリと張り詰めた空気が変わって、少し、ほっとした。
「わしの事、知ってるんだな。」
「もちろん。あんた、有名人だろ。情報屋の大御所だ。」
「そんなたいそうなもんじゃないよ。」
ランダと大家が何か会話を続けているが、もうノーマンの耳には入ってこない。 ああまさか、何のための留学か忘れて、親愛なる大道寺に帰らず、大都会の毒に染まってしまった僧侶だった?
どんな理由があったにせよ、ノーマンはショックで堪らない。
「ねぇ、もう話はおわったの!?」
しんみり外を見ていたはずのイブが、いらだった様子で三人に叫ぶように声をかける。 その様子は、まるで駄々っ子だ。
「ノーマン、話が終わったなら、行くわよ。」
「・・どこへ、でしょうか?」
「ショワンよ。エイダが・・・殺されたショワンへ行くわ。」




