第12話
深奥
「ジョン・ドゥって、300年前の市長?」
「そう。NLC・・・このネムレスの最初の市長よ。」
ノーマンは困惑した。
大家に聞いた話では、ジョン・ドゥは現存資料が少なく、名称も定かではなく、本当に実在したかも疑わしい不透明な人物だった。
「300年も・・・血縁が続いてきたという事ですか?」
「そう。300年もの間、ずっと秘密裏に語り継いできたの。」
「どうして、秘密裏に?」
「・・・殺されてしまうから。」
「誰に?」
「わからないの!私たちがばかだった。ママとおばあちゃんは、私たちのせいで殺されてしまった。」
イブが声をひそめる。 建物の隙間にはさまれたここならば、余程大きな声を出さなければ誰にも聞かれないだろう。
「誰にも言ってはいけないと言われたのに、近所の人にうっかり話してしまったの。子孫だという事を。」
「それで殺されてしまった・・・?」
「ええ。話をした三日後にね。私とエイダも、誰かに追いかけられる日々が続いたわ。」
「もしかして、それを相談するために、役所に?」
「私は、役所の人間も怪しいと思っていたわ。なのに、あの子、エイダは・・・。」
(一人で役所に相談しにいって、殺されてしまった。)
ノーマンは言葉をぐっと飲み込んで、震えるイブの肩をぽんぽんと、優しくなぐさめるように無言で叩いた。
「子孫の証しとして、受け継いできたものがあるの。」
「証し、ですか。」
「けどそれは、エイダが、持って行ってしまった。」
「もしかして、エイダが拙僧に見せたかったものって。」
「きっと、その証しでしょうね。」
「それは、今どこに?」
「無いわ、どこにも。」
エイダはノーマンに見せるために証しを持ち出し、そのまま無残に殺されてしまったのだ。 誰かに持ち去られてしまったのか、その証しはエイダの遺品のどこにも見当たらなかったという。
「あなたのことは、エイダから直接聞いていたの。」
いつのまにか涙を流していたイブが、鼻をすすっている。
「ガルボランの公園で、お坊さんと会う約束をした、と。きっと私たちを助けてくれる人だから、明日、一緒に会いに行こうと。」
「しかし・・・エイダは。」
「朝、目が覚めると、どこにもいなくて。・・・警察から連絡がきて、あとはニュースのとおりよ。」
イブはすっと立ち上がると、涙を拭いて不器用な笑顔を見せた。
「子孫の証しは、オルドに眠る財宝のカギだとも言われてる。」
「財宝?」
「混沌とした時代をまとめたジョン・ドゥの財宝よ。」
「まさか。眉唾でしょう。」
「ひいおばあちゃんが、実際にその目で見たらしいのよ。」
「まさか。」
「財宝は、このオルドの役所の地下にある・・・らしいわ。」
「・・・まさか。」
「ひいおばあちゃんが、その目で見た時に、手引きした職員がいたらしいの。・・その人を探すわ。」
オルドの役所は、公共施設のEVで上がった空中階層にある。
空中階層は、地上と違い、自動車は乗り入れ禁止で、終日歩行者天国となっており、露店や出店が競うように集い、パラソルとベンチテーブルが設置され、人々の憩いの場となっている。
ガルボランの役所も、大きく、立派だったが、なんというか、オルドの役所はホテルライクで洗練され、規模も比べ物にならない。
きっとトイレのアメニティも、無駄に素晴らしいのだろう。
イブは役所のロビーのふかふかしたソファに座ると、じっと真剣なまなざしで、周囲を見渡している。
ぼろの袈裟をまとうノーマンは、おしゃれで清潔な様子に、ソワソワと落ち着かなかった。
(托鉢は、乞食ともいう。物乞いだと思われないだろうか?)
「ノーマン。大丈夫だから、おちついて。」
心をよんだかのように、イブがノーマンをなだめる。
ノーマンは、恥ずかしさを打ち消すように、イブに問いかけた。
「手引きした職員をどうやって見つけたら良いのでしょうか。」
「まず、年寄りを探すわ。」
「お年寄りですか?」
「ひいおばあちゃんの知り合いだもの、相当な高齢のはずよ。今も生きていれば・・・だけどね。」
ぽつり零した最後の言葉が、なんとも心もとない。




