第10話
モーテルに赤い夕陽が差し込んでくる。 まもなく日没だ。
ガルボランの中心地から少し離れただけなのに、ここはひどく寂れており、周辺にいるのは顔を隠し歩く訳ありと、ホームレスに、ギャングといった治安のよくない輩ばかりだ。
年端もいかない少女に似つかわしくない場所。
聞きたいことは沢山あるのだが、触れてはいけない地雷もあるような気がして、ノーマンは何も言えずにいた。
「ねぇ、ノーマン。」日没前の沈黙を、エイダが破る。
「エイダは、あなたに何て言ったのかしら?」
「僧侶は、人を救うのが仕事か、と。」
「それで、なんて答えたの?」
「拙僧ごときが人を救うなど、おこがましいこと。拙僧は、人が救われるお手伝いをするまで、と。」
「・・・エイダは、救われたいといったの?」
「はい、助けてほしいと。ですので拙僧は、できる限りの事をお手伝いしますと約束しました。」
「そう。それは、まだ有効?」
イブは背中に日没前の夕日を背負ってノーマンの前に立つ。
逆光でイブの顔に影が差して、表情がよく見えない。
「私と、エイダをたすけて。」
「もちろんです、イブ。」
あれからすぐに日が暮れて、モーテルの蛍光灯はぼんやり灯るだけで頼りなく、疲れた体が悲鳴をあげていたので、二人は気絶するように眠りに落ちた。 一応男女ではあるが、腐っても僧侶であるノーマンが少女をどうこうする思いは微塵もなく、イブもノーマンを信頼したようで、すっかり熟睡していた。
明け方に数台の改造車がモーテルの前を通過すると、その爆音の洗礼をうけたノーマンが目を覚ます。 イブが見当たらない。
慌てて外に出ると、モーテルの駐車場で大きなバイクをいじっているイブがいた。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。おかげさまで。それは?」
「私の愛車。」
イブは得意げな笑顔を向けると、愛しそうにバイクのボディからシートまで、指先でそっと撫でた。
深い藍色をベースにしたボディは色合いが美しく、大きなタイヤと大きなマフラーが印象的だった。 イブよりはるかに重そうで、女性にはとても扱えなさそうなほどに、大きい。
イブはバイクの全てを知っている風で、細かい調整を行っているようだった。 イブのはめた皮手袋は年季が入って真っ黒だ。
ふと気になってイブの足元を見ると、黒いブーツを履いている。
「ああ、これ?」と、ノーマンの視線に気が付いたイブが片足を上げて見せる。
「あなたが昨日めちゃくちゃに走るから、折れちゃったのよ、ピンヒール。お気に入りだったのに。」
「あ!そ、それは申し訳ない。」
昨日は公園の男たちから逃げる事に必死で、気が付かなかった。
ヒールを履いた女性だという事を、もっと気にしておくべきだったとノーマンは猛省する。 「いつか弁償を」と深刻なノーマンの表情に、イブが思わず吹き出し、笑い転げた。
「いいのよ!ヒールなんてたまにしか履かないし、それに、昨日のあいつらの顔ったら・・・おかしかったわ!街の人たちもよ!」
「え?」
「まさか坊主がビールをぶっかけるなんて、誰が思うのよ?」
「あ・・・。」
「しかも女の子と手を取り合って街を駆け抜けるなんて、まるでリアリティーショーみたいじゃない!」
「は、はぁ。ええと、申し訳ない・・・?」
「あなたってドラマチックな坊主なのね、ノーマン!」
イブは思い出し笑いが止まらず、楽し気にノーマンの肩をぱしぱしと叩く。 褒められているのか分からないノーマンは苦笑した。




